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蔵書 › 毛沢東選集 第五巻 › 社会主義革命と社会主義建設の時期(一)

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一九五七年の夏季の情勢

毛沢東 · 一九五七年七月

縦書きで読む毛沢東選集第五巻

一九五七年の夏季の情勢

(一九五七年七月)

これは、毛沢東同志が一九五七年七月、青島でひらかれた省・市党委員会書記会議の期間に書いた文章である。この会議で配布され、さらに同年八月、党内の指導的幹部に配布された。

わが国の社会主義革命の時期には、反共、反人民、反社会主義のブルジョア右派と人民との矛盾は敵味方のあいだの矛盾であり、食うか食われるかの和解できない敵対性の矛盾である。

労働者階級と共産党に気違いじみた攻撃をかけているブルジョア右派は、反動派であり、反革命派である。そうは呼ばずに、右派と呼ぶのは、一つには中間派の獲得を容易にするためであり、二つには右派を分化させて、一部の右派分子が態度を変え、近づいてこられるようにするためである。

あくまでも態度を変えない一部のブルジョア右派分子は、頑迷がんめい派である。かれらが特務にならず、二度と破壊活動をやらないかぎり、かれらにもなんらかの仕事をあたえ、その公民権も剥奪はくだつしないようにする。これは、歴史上の多くの事件で極端な政策をとったためによくない結果をまねいたことを考慮したからである。われわれはもうすこし遠くを見とおすべきである。数十年後にこの事件をふりかえってみれば、われわれがこのようにブルジョア右派分子に対処したことが、プロレタリア階級の革命事業に深い影響と大きな利益をもたらしたことがわかるであろう。

われわれの目標は、集中もあれば民主もあり、規律もあれば自由もあり、意志の統一もあれば、個人の気持がのびのびし、生きいきとして活発でもある、という政治的局面をつくり出し、こうして社会主義革命と社会主義建設を有利にし、困難をわりあい克服しやすくし、わが国の現代的工業と現代的農業をわりあい速いテンポで建設し、党と国家をわりあい強固で、わりあい風波にたえられるようなものにすることである。全般的な課題は、人民内部の矛盾を正しく処理し、敵味方の矛盾を正しく処理することである。方法は、実際に即して事を処理し、大衆路線をとることである。そこから出てくるのは、重要な政治方針についての会議を党員と非党員がいっしょにひらき、整風を公開的におこない、党と政府の多くの誤りや欠陥を新聞紙上で批判するという方法である。民主政党、教育界、報道界、科学・技術界、文学・芸術界、医療・衛生界、工商業界、そして労働者階級、農民階級の各階層、手工業労働者および都市と農村のその他の勤労者は、みな整風と社会主義教育をなん回かにわけて逐次すすめていくべきである。このうち、ブルジョア階級とブルジョア知識分子については、社会主義的改造をうけいれさせるという問題であり、小ブルジョア階級(農民や都市と農村の自営の勤労者)、とりわけ富裕中農についても、社会主義的改造をうけいれさせるという問題であるが、労働者階級と共産党の基本部隊については、作風をととのえるという問題である。これは、性質の異なる二つの社会範陣の問題である。このように異なったものであるのに、なぜ、いずれのばあいにも整風というスローガンをつかうのか。それは、整風というスローガンが多くの人にわりあい受けいれられやすいからである。われわれは、人びとにこういう――共産党と労働者階級でさえ整風をしているのに、きみたちは整風をしなくてもいいのか、と。これで、われわれは完全に主動的な立場に立つ。整風のやり方は、批判と自己批判をおこない、事実をならべて道理をとくのである。整風の目的は、政治方向をただし、思想的水準を高め、仕事のなかの欠陥を改め、広範な大衆を団結させ、ブルジョア右派と社会主義に反対するすべての分子を孤立させ、分化させる方向に、闘争をみちびくことにある。ここでいうブルジョア右派のなかには、共産党や青年団にまぎれこんで、党外、団外の右派分子とまったく同じ政治的態度をとっている者も含まれる。かれらは、プロレタリア階級の革命事業を裏切り、党にたいして気違いじみた攻撃をくわえた。したがって、党と青年団の組織の純潔を守るために、かれらをあますところなく暴露し、除名すべきである。

大衆の多数、まずもって労働者、農民という基本的大衆の多数をあくまでも信頼しなければならない。これがわれわれの基本的な出発点である。工商業界や文化・教育界についてみても、右派が狂気のように攻撃をかけてきたときには、その多くの人が、一時だまされ、動揺もした。だが、数週間後に右派への反撃がくりひろげられると、多くの人はめざめ、こちらの側についてきた。したがって、工商業界や文化・教育界の多数も、最終的にはやはり信頼できる人たちで、改造をうけいれるれるのである。少なからぬ同志は、かつてプロレタリア階級の力を過小に評価し、ブルジョア右派の力を過大に評価するという誤りを犯した。いま、地区、県、区、郷および工場の幹部のあいだにも、まだそのような人がたくさんいるが、味方の側の力を過小に評価したり、敵側の力を過大に評価したりしないよう、よく説得すべきである。農村では、地主、富農が改造されつつあるが、そのうち一部の者はまだ攪乱をつづけているから、かれらにたいする警戒心を高めなければならない。富裕中農についていえば、多数の者は協同組合にとどまりたいと思っているが、少数の者は脱退すると騒ぎたて、資本主義の道を歩もうとしている。われわれは、それぞれ区別して対処すべきである。農村では、階級路線に留意しなければならず、もとの貧農と届農に指導機関で優勢を占めさせる一方、中農との団結にも気をくばらなければならない。わたしは、中央がただちにつぎのような指示を出すことに賛成する。つまり、農村の全住民に大規模な社会主義教育をほどこして、党内の右翼日和見主義思想を批判し、いちぶ幹部の部門本位主義思想を批判し、富裕中農の資本主義思想と個人主義思想を批判し、地主、富農の反革命的行動に打撃をあたえる、ということである。そのおもなほこ先は動揺している富裕中農にむけ、かれらの資本主義思想にたいして理づめの闘争をおこなうのである。これからは、年に一度、確固とした理づめの闘争をおこない、これを区や郷の幹部の弊風(三級組合の整頓と呼応させて、協同組合を一歩一歩うち固めていくようにする。農村でも、まず農民に「鳴放」させる、つまり、意見を出させ、論議をおこなわせる。そして、よい意見はとりいれ、よくない意見は批判する。こうしたことは、地元の幹部が上級から派遣された工作組の協力を得て農村の整風を主宰するという条件のもとで、逐次おしすすめていくべきである。都市とおなじく、農村にもやはり、社会主義か資本主義かという二つの道の闘争がある。この闘争で徹底的な勝利をかちとるには、ひじょうに長い時間がかかる。これは過渡期の全期間にわたる任務である。農村では、勤倹の精神で家計をきりもりすることと、勤倹の精神で協同組合を経営することとをあわせて提唱し、国を愛し、協同組合を愛することと、家庭を愛することとをあわせて提唱すべきである。勤倹の精神で家計をきりもりする問題を解決するには、とりわけ婦人団体の活動に依拠しなければならない。ここ数年間は、年々、現物農業税三百五十億斤チンと食糧買付五百億斤をぜひとも確保しなければならず、これより少なくてはならない。ただ、その年の作柄におうじて、なにほどかは調整してもよい。農村では、年々増産し、食糧不足農家が年々減っているから、ここでの食糧販売量も年々減らしていくべきである。都市でも、食糧販売量の多すぎるところでは、やはり適宜に減らしていくべきである。こうしてはじめて、国家の食糧備蓄量を年々ふやし、おこりうべき緊急のさいの必要にそなえることができる。もしも八百五十億斤前後の食糧を確保できないなら、市場の物価にひびき、国民経済計画全般の順調な遂行にひびき、緊急事態に対処するすべもなくなる。これはひじょうに危険なことである。ことしは秋の収穫前に、国家の利益と集団の利益をかえりみない個人主義や部門本位主義にたいする闘争を農村でおこなわなければならない。

反革命分子がいれば、かならず粛清する。処刑者の数は少なくしなければならないが、死刑はけっして廃止せず、大赦もけっしておこなわない。刑期満了で釈放されても、ふたたび罪を犯した者は、ふたたび逮捕して、刑を科する。社会のごろつき、不良、窃盗、殺人、強姦、汚職、公共秩序の破壊、ゆゆしい法規・規律違反などの重罪犯、および公衆が悪質分子だと認めた者は、かならず処罰しなければならない。いま、公安・司法部門の一部の要員は、その職分を放棄して、ほんらい逮捕・処罰すべき者をも逮捕・処罰していないが、これはまちがっている。軽い罪に重い刑を科するのはまちがいだが、重い罪に軽い刑を科するのもまちがいである。当面の危険は後者にある。賭博とばくは禁止する。反動的な結社・教団にたいする取り締まりは厳正におこなう。右派学生の頭目には、徹底した批判をくわえるべきであるが、一般には、もとのところで監督、改造し、これを「教師」にすればよい。以上の諸点は過渡期に適用されるもので、省・市・自治区の党委員会が責任をもってこれにあたる。中央の政策・法令にそむかないという条件のもとで、地方の公安・司法、文化・教育部門は、省・市・自治区の党委員会および省・市・自治区の人民委員会の指示にしたがい、それに違反してはならない。

人民内部の矛盾を正しく処理するというのが全般的な課題である。大いに論議して、それになれてしまえば、別に不思議に思わなくなる。人民内部の矛盾について納得し、みんなにはっきり説明し、一部の問題を正しく処理して、効果をおさめ、経験を身につければ、もう恐れることはない。

もう一度くりかえすと、人民内部の矛盾を正しく処理するという問題は、わが党がかねてからとなえてきた大衆路線を歩むということである。共産党員は、事を処理するさい、大衆と相談することに長じていなければならず、どんなばあいでも大衆から遊離してはならない。党と大衆との関係は、水魚のまじわりにたとえられる。もしも党と大衆の関係がうまくいかなければ、社会主義制度をきずきあげることはできないし、たとえ社会主義制度をきすきあげたとしても、それを強固にすることはできない。

軍隊ではすでにいくども整風をおこなって、三大規律・八項注意を実行し、軍事面、政治面、経済面の三大民主を実行し、戦時には分隊に互助組をもうけ、将校と兵士、軍隊と人民が一つにとけあうようにし、人をなぐったり、ののしったりするのを禁止し、逃亡兵を銃殺するのを禁止している。したがって、士気があがり、戦えばかならず勝つ。武器を手にした軍隊でさえこのようにやれるのに、工場、農村、機関、学校で民主を発揚し、圧服の方法ではなく説得の方法で自分の問題(矛盾)を解決することがどうしてできないのであろうか。

帝国主義をも恐れないのに、なぜ民衆を恐れるのか。民衆を恐れて、人民大衆は道理をわきまえないから説得ができず、圧服のほかはないなどと考えるような人は、ほんとうの共産主義者ではない。

整風のなかでは、裏切り者と、法規・規律にひどくそむいた者との二種類の人びとを除いて、すべての党員と青年団員に保護をくわえ、かれらが誤りや欠点を改め、活動の方法を改善し、活動の能力を高め、政治的水準を高め、思想的水準を高めていくよう、誠心誠意、大いに援助する。共産党員は、ぜひとも生気がなければならず、ぜひとも強固な革命的意志がなければならず、ぜひとも困難を恐れずに、不撓ふとう不屈の意志でいかなる困難をも克服していくという精神がなければならず、ぜひとも個人主義、部門本位主義、絶対的均等主義、自由主義を克服しなければならない。さもなければ、名実あいともなう共産党員とはいえない。生気をうしない、革命的意志をうしない、またはあくまで誤りをつづけるような一部の人にたいしては、くりかえしいましめても改めないばあい、党委員会がしかるべく処理し、誤りのはなはだしい者には規律上の処分をくわえるべきである。

省・市・自治区党委員会の第一書記(他の書記も同様)は、半年から一年のうちに、一つの協同組合、一つの工場、一つの商店、一つの学校を自分で研究して、その知識を身につけ、発言権を獲得し、それを全般的な活動の指導に役立てるようにすべきである。地区、県、区の党委員会書記もそうすべきである。

今回のブルジョア右派にたいする批判の意義を低く見てはならない。これは、政治戦線と思想戦線における偉大な社会主義革命である。一九五六年の経済戦線(生産手段の所有制)における社会主義革命だけでは、まだ十分でもないし、強固でもない。ハンガリー事件がそれを立証している。さらに政治戦線と思想戦線における徹底した社会主義革命がなければならない。共産党は、民主政党、知識界、工商業界の一部の人(右派)にたいしては、もちろん、指導権をもつことができない、なぜなら かれらは敵だからである。多数の人びと(中間派)にたいしても、指導権は強固ではない。一部の文化・教育部門では、党の指導がまったく確立されていない。われわれは中間派にたいする強固な指導権をうちたてるべきであり、しかもそれをできるだけはやく強化しなければならない。ブルジョア階級とブルジョア知識分子は共産党に心服しておらず、そのなかの右派分子はわれわれと張りあう腹をきめている。張りあって、失敗してからはじめて、かれらは自分たちの時世がすでにすぎ去り、望みがなくなったことを認める。その時になってはじめて、かれらのなかの多数の人びと(中間派および一部の右派)は、しだいにおとなしくなり、自分のブルジョア階級の立場をしだいに放棄して、プロレタリア階級の側に立つようになり、プロレタリア階級にたよって飯を食おうと決意するようになる。死ぬまで改めようとしない少数の者には、その反動的な観点を棺桶のなかまで持っていかせるほかはない。しかし、われわれは警戒心を高めるべきである。機会さえあれば、かれらはまた波風を立てるということを心得ておかなければならない。この闘争は、こんごまだ十年から十五年にわたってつづく可能性がある。うまくやれば、期間をちぢめることもできよう。もちろん、十年から十五年後には階級闘争がなくなるというのではない。世界に帝国主義とブルジョア階級が存在するかぎり、わが国の反革命分子とブルジョア右派分子の活動は、つねに階級闘争の性質を帯びるばかりでなく、またつねに国際的な反動派と呼応しあうことであろう。いまおこなわれている闘争は、ある必要な期間を経たのち、思想面でいっそう深い、徹底したものにするため、あらしのようなはげしい形態から、そよ風のようなおだやかな形態に変えていかなければならない。最初の決定的な戦闘では、これまでの数ヵ月、主としてこの二ヵ月のあいだに、われわれはすでに勝利をかちとった。しかし、全面的な勝利をかちとるには、なおいく月かの時間をかけてほりさげていく必要があり、けっして軽がるしく兵をひいてはならない。もしこの一戦に勝てなければ、社会主義は望めないのだということを心得ておかなければならない。

大弁論は全人民的なもので、革命と建設の仕事は正しいのかどうか(革命と建設の成果が主要なものなのかどうか)、社会主義の道を歩むべきかどうか、共産党の指導は必要なのかどうか、プロレタリア階級の独裁は必要なのかどうか、民主集中制は必要なのかどうか、わが国の外交政策は正しいのかどうかといった重要な諸問題をすでに解決したか、または解決しつつある。このような全人民的な大弁論がおこるのは、きわめて自然なことである。ソ連では二十年代におこったことがあるが(一国で社会主義を建設できるかどうかについてトロツキーらと弁論した〔1〕)、わが国では五十年代の七年目におこった。もしもこの弁論で完全な勝利をかちとれないなら、われわれは前進をつづけることができない。弁論で勝利しさえすれば、わが国の社会主義的改造と社会主義建設は大いに促進されるであろう。これは、世界的な意義をもつ偉大なできごとである。

わが国で現代的工業の基礎と現代的農業の基礎をきずきあげるには、いまから十年ないし十五年はかかるということをわきまえていなければならない。十年ないし十五年かかって社会的生産力がわりあい十分に発展したときにはじめて、われわれの社会主義の経済制度と政治制度はわりあい十分な物質的土台(いまはまだこの物質的土台がきわめて不十分である)を獲得したといえるのであり、われわれの国家(上部構造)は十分強固になったといえるし、社会主義社会は根本的にきずきあげられたといえるのである。いまはまだきずきあげられたとはいえず、まだ十年ないし十五年の時間がかかる。社会主義をきずきあげるためには、労働者階級は、自分じしんの技術幹部の隊列をもたなければならないし、自分じしんの教授、教員、科学者、新聞記者、文学者、芸術家、マルクス主義理論家の隊列をもたなければならない。それは壮大な隊列であるべきで、人数が少なくてはだめである。この任務は、こんご十年ないし十五年のあいだに基本的に達成すべきである。十年ないし十五年以後の任務は、生産力をさらに発展させ、労働者階級の知識分子の隊列をさらに拡大し、社会主義から共産主義に逐次移行するのに必要な条件をととのえ、八回ないし十回の五ヵ年計画を経て経済の面でアメリカに追いつき、追いこすようにすることである。共産党員、青年団員、そして全人民の一人びとりがこの任務をわきまえておかねばならず、学習にはげまなければならない。条件のある者は、技術を学び、業務を学び、理論を学ぶようにつとめ、労働者階級の知識分子の新しい部隊(この新しい部隊のなかには、旧社会の知識分子で真に改造を経たあと、しっかりと労働者階級の立場に立つようになったすべての者が含まれる)をつくりあげていかなければならない。これは、歴史がわれわれに課した偉大な任務である。この労働者階級の知識分子の壮大な新しい部隊がつくりあげられるまでは、労働者階級の革命事業は十分に強固なものとはなりえない。

中央と省・市との二つの段階で整風、右派批判、中間的大衆の獲得という三つの任務の面における経験をつんだことは、大切なことである。この経験をつむと、物事はやりやすくなる。こんご数ヵ月の作礎は、地区と県の段階で経験をつむよう教えていくことである。いまから今年の冬または来年の春までに、区と郷の段階で経験をつむよう一歩一歩と教えていく。都市では、区の段階、基層の工場・鉱山、町内の居民委員会で経験をつむよう教えていく。このようにすれば、視野がぱっとひらけ、多くの人にとって大衆路線がただの空から文句ではなくなり、人民内部の矛盾がわりあい解決しやすくなる。

省・市・自治区党委員会の第一書記と全委員は、この偉大な闘争を完全に掌握していかなければならない。民主政党(政治界)、教育界、報道界(すべての新聞と雑誌を含む)、科学・技術界、文学・芸術界、医療・衛生界、工商業界などの政治面、思想面の改造の仕事を完全に自分たちの手に握らなければならない。各省・市・自治区は、それぞれ自分たちのマルクス主義理論家、科学者と技術人材、文学者、芸術家と文学・芸術理論家、新聞、雑誌のすぐれた編集者と記者をもたなければならない。第一初期(他の書記も同様)は、とりわけ新聞、雑誌に注意をはらうべきで、骨惜しみをしてはならず、各人が少なくとも五種類の新聞、五種類の雑誌を読みくらべなければならない。こうしてこそはじめて、自分たちの新聞、雑誌を改善することができるのである。

右派にたいする批判は、民主政党、知識界、工商業界の全体をはげしくゆさぶった。かれらのなかの多数の人びと(中間派)は、社会主義の道とプロレタリア階級の指導とをうけいれる傾向にあることを心にとめておくべきである。このような傾向は、人によって程度の差がある。いまのところ、真に社会主義の道をうけいれ、真にプロレタリア階級の指導をうけいれるというこれらの基本点は、かれらのばあいまだ一つの傾向にすぎないが、こうした傾向があるかぎり、かれらがブルジョア階級の立場から労働者階級の立場への長い道のりの第一歩をふみだしたのだということを知るべきである。もし一年の時間(今年の五月から来年の五月まで)をかけて整風をおこなえば、大きく一歩をふみだすことができるであろう。これらの人は、これまで社会主義革命に参加する心がまえがなかった。この革命は、かれらにとっては突然おこったのである。共産党員のあいだでも、一部の人にとってはそうであった。右派批判と整風は、この人たちや広範な人びとにとって深刻な社会主義教育となるであろう。

大字報は、商店の売り場、農村(区、郷)、小学校、軍隊の大隊と中隊以外のところでは、どこに張ってもよい。わが国の条件のもとでは、これはプロレタリア階級に有利で、ブルジョア階級には不利な闘争形式である。大字報を恐れるのは、いわれのないことである。大学でも、中央、省・市、地区、県の機関や都市の大企業でも、大宇報、座談会、弁論会は、矛盾を暴露、克服し、人びとの進歩を促すうえでの三つのよい形式である。

整風の期間、いかなるばあいにも生産や仕事に支障をきたしてはならない。各地の整風は、所属のすべての単位でいっせいにおこなうのではなく、何回かにわけてすすめるべきである。

はげしい波浪を恐れてはならず、ぐっともちこたえ頑張りとおさなければならない。一つの単位についていうと、ほぼ二、三週間もすれば、峠をこすもので、それからは右派にたいする反撃の新段階にうつることができる。二、三週間のあいだ、各単位の指導者は、右派の気違いじみた攻撃には、ぐっともちこたえて取りあわず、ただ聞くだけで反駁はせず、精神を集中して分析、研究をくわえ、力をあつめて反撃の準備をととのえ、左派を結集し、中間派を獲得し、右派を孤立させる。これは、マルクス主義の一連のすぐれた戦術である。

大鳴大放の段階(整風をやりながら改革する)、右派に反撃をくわえる段階(整風をやりながら改革する)、整頓と改革に重点をおく段階(ひきつづき鳴放する)、各人が文献を学習し、批判と自己点検をおこなって、自己を高める段階 これは、中央、省・市、地区、県のそれぞれの整風でかならずたどらなければならない四つの段階である。このほかに、都市と農村の基層組織でも整風をおこなう。このように整風をおこなえば、全党と全国人民の様相はかならず一新するであろう。

九月の中央委員会総会にそなえて、省・市・自治区段階の党委員会と地区段階の党委員会の第一書記は、八月に一定の時間をさいて、農村における協同組合の整頓、生産、食糧などの諸問題をしらべておいてもらいたい。四十ヵ条の全国農業発展要綱は改正する必要があるかどうかも、各条ごとに検討してもらいたい。

注

〔1〕 「ソ連共産党(ボリシェビキ)歴史小数程』第九章第五節を参照。

著者
毛沢東
原著
一九五七年七月(1957年)
底本
『毛沢東選集』第五巻、外文出版社(北京)、1977年。電子化テキスト: http://maoist.web.fc2.com/mao/maosen/5/maosen-5-text.lzh
掲載根拠
保護期間中(未公開)
備考
著者没年 1976。中国は死後50年(2027-01-01 満了)、日本は死後70年(2047-01-01 満了)。外文出版社の日本語訳は法人著作として別に保護される

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