蔵書 › 毛沢東選集 第五巻 › 社会主義革命と社会主義建設の時期(一)
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中国共産党全国宣伝工作会議における講話
(一九五七年三月十二日)
同志諸君! こんどの会議はひじょうによかった。会議ではたくさんの問題が出されて、われわれは多くのことを知ることができた。わたしはここで、同志諸君が討議した問題について、いくつかの意見をのべてみたいとおもう。
われわれは、いま、社会の大変動の時期におかれている。中国の社会は久しいあいだ大変動のなかにあった。抗日戦争の時期も大変動であったし、解放戦争の時期もまた大変動であった。だが、性質からいうと、現在の変動には過去の変動よりもはるかに深刻なものがある。われわれは、いま、社会主義を建設している。数億の人が社会主義的改造の運動にくわわっている。全国の各階級の相互関係には、いずれも変化がおこっている。農業と手工業の分野における小ブルジョア階級にも工商業ブルジョア階級にも、みな変化がおこった。社会経済制度が変化しており、個人経済は集団経済に変わり、資本主義的私有制はいま社会主義的共有制に変わりつつある。このような大変動は、当然、人びとの思想に反映してくる。存在が意識を決定する。異なった階級、階層、社会集団に属する人びとのあいだでは、この社会制度の大変動にたいしてそれぞれちがった反応がみられる。広範な人民大衆はこの大変動を心から支持している。というのは、社会主義こそ中国の唯一の活路であることを、現実の生活が立証しているからである。ふるい社会制度をくつがえし、あたらしい社会制度、すなわち社会主義制度をうちたてること、これは偉大な闘争であり、社会制度および人間の相互関係の大変動である。状況は基本的に健全である、といわなければならない。しかし、あたらしい社会制度はうちたてられたばかりで、まだそれをかためていく時間が必要である。あたらしい制度がうちたてられたからといって、それでもう完全に強固なものになったと考えてはならないし、そんなことは不可能である。一歩一歩かためていかなければならない。それを最終的にかためるには、国の社会主義的工業化を実現し、経済戦線での社会主義革命を堅持しなければならず、また、政治戦線、思想戦線で、たえまのない、困難にみちた社会主義革命の闘争と社会主義教育をおこなわなければならない。このほか、それに呼応するいろいろな国際的条件も必要である。わが国では、社会主義制度をかためるたたかい、社会主義と資本主義のどちらが勝つかというたたかいは、まだかなり長い歴史的時期を経なければならない。しかし、われわれは、この社会主義のあたらしい制度がかならずかたまるものだという見通しをもたなければならない。われわれはかならず現代的工業、現代的農業、現代的科学・文化をそなえた社会主義国を建設することができるであろう。これがわたしの話したいことの第一点である。
第二点、わが国の知識分子の状況について。中国にはいったいどのくらい知識分子がいるのか、正確な統計はない。推定によると、高級知識分子と一般の知識分子をふくめて、さまざまな知識分子がおよそ五百万前後いる。この五百万前後の知識分子のうち、圧倒的多数は愛国的で、われわれの中華人民共和国を愛しており、人民に奉仕し、社会主義の国家に奉仕することをねがっている。少数の知識分子は社会主義制度をそれほど歓迎せず、それほどよろこんでいない。かれらは社会主義にたいしてまだ疑いをもっているが、帝国主義をまえにしては、やはり愛国的である。われわれの国家にたいして敵対的な感情をいだいている知識分子はごく少数である。これらの人は、われわれのこのプロレタリア階級独裁の国家をこのまず、旧社会に未練をもっている。かれらは、機会さえあれば波らんをまきおこして、共産党をくつがえし、旧中国を復活させようとする。これは、プロレタリア階級とブルジョア階級の二つの路線、社会主義と資本主義の二つの路線のうち、あとの路線をかたくなに歩もうとしている人である。このあとのほうの路線は実際には実現できないものであり、したがって、かれらは実際には帝国主義、封建主義、官僚資本主義に投降しようとしている人である。このような人は政界、工商業界、文化・教育界、科学・技術界、宗教界のいずれにもおり、それはきわめて反動的な人である。こうした人は五百万前後のうち、およそ一、二パーセントか三パーセントを占めるにすぎない。圧倒的多数の知識分子、総数五百万の九〇パーセント以上の人は、程度のちがいはあるが、みな社会主義制度を支持している。社会主義制度を支持するこれらの人のうち、多くの者は、社会主義制度のもとでどのように仕事をしたらよいのか、多くのあたらしい問題をどのように理解し、それにどのように対処し、どのように解答したらよいのかについて、まだあまりはっきりしていない。
五百万前後の知識分子を、マルクス主義にたいするその態度からみるなら、つぎのようにいえそうである。共産党員と党外の支持者をふくめて、およそ十数パーセントの人はマルクス主義がかなりよくわかっており、しかも、しっかりと足をふまえ、しっかりとプロレタリア階級の立場に立っている。五百万という総数からみると、これらの人は少数ではあるが、中核であり、力をもっている。多数の人はマルクス主義を学習することをのぞんでおり、また、いくらか学んでもいるが、しかし、まだよくわかっていない。そのうちの一部の人はまだ疑いをもっており、まだしっかりと足をふまえておらず、ひとたび風波にあうと、左右に動揺する。総数五百万のうち、大多数を占めるこれらの知識分子は、まだ中間の状態にある。マルクス主義にあくまで反対し、マルクス主義を敵視する態度をとっている人はごく少数である。一部の人は、公然とマルクス主義に不賛成だとはいわないが、実際は不賛成である。このような人は相当長期にわたって存在するもので、われわれはかれらが賛成しないのを許すべきである。たとえば、一部の観念論者は、社会主義の政治制度と経済制度には賛成もするだろうが、マルクス主義の世界観には賛成しない。宗教界の愛国的な人もそうである。かれらは有神論者であり、われわれは無神論者である。われわれはこれらの人に、マルクス主義の世界観をうけいれるよう強制することはできない。要するに、マルクス主義について、五百万前後の知識分子のとっている態度は、つぎのようにいうことができる。それに賛成し、しかもかなりよくわかっている人は少数であり、それに反対している人も少数であって、多数の人は賛成してはいるがよくわかっておらず、賛成の程度もひじょうにまちまちである。そこには三つの立場、つまり、確固とした立場、動揺する立場、反対する立場がある。こうした状況がまだまだ長期にわたって存在するということをみとめなければならない。こうした状況をみとめないなら、われわれは他人に過大な要求をすることになり、また、自分の任務を軽くすることになるだろう。宣伝活動にたずさわるわれわれの同志は、マルクス主義を宣伝するという任務をもっている。この宣伝は一歩一歩すすめるべきで、人びとがよろこんでうけいれるように、りっぱにおこなわなければならない。マルクス主義を人にうけいれさせるには説得するほかはなく、強制することはできない。もしも、今後の何回かの五ヵ年計画の期間に、われわれの知識分子のあいだで、マルクス主義をうけいれる人がわりあい多くなり、仕事と生活の実践をつうじ、階級闘争の実践、生産の実践、科学の実践をつうじて、マルクス主義をかなり理解できる人がわりあい多くなれば、それは結構なことである。これがわれわれの希望するところである。
第三点、知識分子の改造の問題。わが国は文化の発達していない国である。われわれのこのような大国にとりて、五百万前後の知識分子では、あまりにも少ない。知識分子がいなければ、われわれの事業はうまくすすめられない。だから、かれらをわれわれの側によく結集しなければならない。社会主義社会は、主として三つの部分の人、すなわち、労働者、農民と知識分子からなっている。知識分子は頭脳労働者である。かれらの仕事は人民に奉仕するもの、つまり、労働者、農民に奉仕するものである。知識分子は、その大多数についていえば、旧中国にも奉仕できるし、新中国にも奉仕できる、ブルジョア階級にも奉仕できるし、プロレタリア階級にも奉仕できる。旧中国に奉仕していたころ、知識分子の左翼は反抗し、中間派は動揺し、右翼だけが確固としていた。いまはあたらしい社会に奉仕することになったので、.それが逆になった。左翼は確固としており、中間派は動揺し(この動揺は過去のそれとはちがって、あたらしい社会での動揺である)、右翼は反抗している。知識分子はまた教育者でもある。われわれの新聞は毎日人民を教育している。われわれの文学・芸術家、われわれの科学・技術者、われわれの教授、教員はみな人民を教え、学生を敢えている。これらの人は教育者であり、先生の役をつとめるので、自分がさきに教育をうけるという任務をもっている。この社会制度の大変動の時期には、なおさら、さきに教育をうけなければならない。これまでの数年間、かれらはいくらかマルクス主義の教育をうけ、しかも一部の人はよく勉強したので、以前にくらべると大きな進歩をとげた。だが、多数の人についていえば、プロレタリア階級の世界観が、ブルジョア階級の世界観に完全にとって代わるには、まだ大きな隔たりがある。一部の人はマルクス主義の本をいくらか読んで、自分には学問があると思っているが、しかし、うわっつらをなでただけであり、頭のなかに根をおろしていないので、応用することができず、階級的感情はやはりもとのままである。また、一部の人はひじょうに高慢で、本を何行か読むと自分は大したものだと思いこみ、すっかり鼻を高くする。だが、ひとたび風波にあうと、かれらの立場は労働者や大多数の働く農民とくらべて、大きなちがいのあることがわかる。前者は動揺するが、後者は確固としており、前者はあいまいだが、後者ははっきりしている。したがって、もしも、人を教える者は、このうえ教育をうける必要も、学習をする必要もないと考えたり、社会主義的改造とは、ただ他人を改造し、地主、資本家を改造し、小生産者を改造するもので、知識分子は改造する必要がないと考えるならば、それはまちがっている。知識分子にも改造の必要がある。その基本的立場がまだ変わっていない人に改造の必要があるだけでなく、すべての人が学習し、改造しなければならない。わたしはすべての人といったが、われわれ自身もそのなかに含まれる。状況はたえず変化しており、自分の思想をあたらしい状況に適応させるには、学習をしなければならない。たとえマルクス主義をわりあいよく知っている人、プロレタリア階級の立場が比較的しっかりしている人でも、やはりさらに学習をし、あたらしい事物をうけいれ、あたらしい問題を研究しなければならない。知識分子がもしも自分の頭のなかの適当でないものをとり除かなかったならば、他人を教えるという任務をになうことはできない。もちろんわれわれは、教えながら学び、先生をしながら学生になるよりほかはない。りっぱに先生の役をつとめるには、まずりっぱに学生の役をつとめなければならない。多くのことは本から学ぶだけではだめであって、生産者から学び、労働者から学び、農民から学ばなければならず、また、学校では学生から学び、自分の教育する対象から学ばなければならない。わたしの見るところでは、われわれの知識分子のうち多数の人は学習することをのぞんでいる。われわれの任務は、学習したいという本人の意思にもとづいて、その学習を心から援助し、適切な方法で援助することであって、強制的な方法で学習を無理じいしてはならない。
第四点、知識分子が労農大衆と結合する問題。知識分子は、労農大衆に奉仕するからには、まず、労働者、農民を知り、かれらの生活、仕事、思想をよく知らなければならない。われわれは、知識分子が大衆のなかにはいり、工場にいき、農村にいくことを提唱する。もしも一生涯、労働者や農民と顔をあわせないなら、それはひじょうによくない。われわれの国家機関要員、文学者、芸術家、教員、科学研究者はみな、できるかぎりいろいろな機会を利用して、労働者、農民に近づかなければならない。一部の人は、工場や農村にいって、一回り見てくるがよい。これは「馬に乗って花を見る」というものだが、それでもいきもせず、見もしないよりはましである。他の一部の人は、工場や農村に何ヵ月か住んで、そこで調査をし、友だちをつくるがよい。これは「馬から降りて花を見る」というものである。さらにまた一部の人は、長期間、たとえば二年、三年あるいはもっと長くそこで生活するのもよい。これは「居をさだめて住みつく」というものである。一部の知識分子は、もともと労働者、農民のなかで生活している。たとえば、工業技術者はもともと工場にいるし、農業技術者や農村の学校の教員はもともと農村にいる。かれらはりっぱに仕事をやり、労働者、農民と一つにとけあうべきである。われわれは労農大衆に近づくということを一つの気風にしていかなければならない、つまり、多くの知識分子がそうするようにしていかなければならない。もちろん、いろいろな事情でいかれない人もいくらかいて、一〇〇パ,セントというわけにはいかないが、われわれは、できるだけ多くの人がいくことをのぞんでいる。そうはいっても、みんなが一度にいくわけにはいかず、逐次、何回かにわけていけばよい。知識分子を労働者、農民とちょくせつ接触させるということ、これは、以前、延安にいたころやったことがある。当時、延安にいた知識分子の多くは思想がたいへん混乱していて、いろいろとおかしな議論をしていた。われわれは会議をひらいて、大衆のなかにはいっていくことをみんなにすすめた。そこで、たくさんの人が大衆のなかにはいり、ひじょうによい効果をあげた。知識分子が本から得た知識を、実践と結びつけないうちは、かれらの知識は不完全、あるいはきわめて不完全である。知識分子は先人の経験をとりいれるのに、主として読書にたよる。本はもちろん読まなければならないが、読むだけでは問題を解決することができない。かならず当面の状況を研究し、実際の経験と材料を研究しなければならないし、労働者、農民と友だちにならなければならない。労働者、農民と友だちになることは、そんなに容易なことではない。いまも一部の人は工場や農村へいっているが、その結果、収穫のある人もいれば、収穫のない人もいる。ここには立場の問題または態度の問題、つまり世界観の問題がある。われわれは百家争鳴を提唱しており、それぞれの学術部門に多くの「派」、多くの「家」があってよいわけだが、しかし世界観についていえば、現代では、基本的に二家、つまりプロレタリア階級の一家とブルジョア階級の一家しかない。プロレタリア階級の世界観か、ブルジョア階級の世界観か、どちらかである。共産主義の世界観とはプロレタリア階級の世界観であって、ほかのどんな階級の世界観でもない。現在のわれわれの知識分子は、大多数がふるい社会を経てきた人で、勤労者の家庭の出身ではない。一部の人は、労働者、農民の家庭の出身であっても、解放前にブルジョア教育をうけているので、世界観は基本的にブルジョア階級のそれであり、かれらはやはりブルジョア階級の知識分子に属している。これらの人は、過去のものをそっくりすててプロレタリア階級の世界観ととりかえないかぎり、労働者、農民とは観点がちがい、立場がちがい、感情がちがって、労働者、農民とことごとにあいいれず、労働者、農民も、かれらに心をうちあけるようなことはしない。知識分子がもしも労農大衆と結びつき、かれらと友だちになれば、本から学んだマルクス主義を自分のものにすることができる。マルクス主義を学ぶには、本から学ぶだけではなく、主として階級闘争、活動の実践、労農大衆への接近をつうじてはじめて、ほんとうに学びとることができる。もしもわれわれの知識分子がマルクス主義の本をいくらか読み、さらに、労農大衆と接近するなかで、また自分の活動の実践のなかで、多少ともそれを理解できたならば、われわれみんなが共通のことばをもつようになり、愛国主義の面での共通のことば、社会主義制度の面での共通のことばをもつだけでなく、共産主義的世界観の面での共通のことばももつようになる。そうなれば、みんなの仕事はずっとうまくいくにちがいない。
第五点、整風について。整風とは思想作風と活動作風をととのえることである。共産党内の整風は、抗日の時期に一回おこない、そのあと、解放戦争の時期に一回おこない、中華人民共和国成立の直後にもう一回おこなった。現在、共産党中央は、ことし党内で整風をはじめるという決定をおこなった。党外の人の参加は自由で、参加したくない人はしなくてよい。こんどの弊風はおもに、いくつかのまちがった思想作風と活動作風、つまり、一つは主観主義、一つは官僚主義、もう一つはセクト主義を批判するのである。こんどの整風の方法は、抗日の時期の塵風とおなじように、まず、いくつかの文献を研究し、一人びとbが文献を学習したうえで、自分の思想と活動を点検し、批判と自己批判をすすめ、欠点と誤りの面をあばきだし、長所と正しい面をのばすというものである。整風にあたっては、一方では、厳粛に、しんけんにやるべきで、誤りと欠点にたいしては、お座なりでない、まじめな批判と自己批判をおこない、しかもかならずそれを是正しなければならない。他方ではまた、おだやかな方法をとるべきで、前の誤りを後のいましめとし、病をなおして人を救うようにしなければならず、「一撃のもとにたたきのめす」ようなやり方には反対しなければならない。
われわれの党は偉大な党、光栄ある党、正しい党である。これはぜひとも肯定すべきである。しかし、われわれにはまだ欠点があり、この事実も肯定しなければならない。われわれのすべてを肯定するのではなく、正しいところだけを肯定すべきである。同時にまた、われわれのすべてを否定するのではなく、まちがっているところだけを否定すべきである。われわれの活動では、成果がおもなものであるが、欠点と誤りもまた少なくない。したがって、われわれは整風をおこなわなければならないのである。われわれは、自分で自分の主観主義、官僚主義、セクト主義を批判するわけだが、そのためにわが党は威信をうしなうことになりはしないか。わたしはそうはなるないとおもう。それとは反対に、党の威信をたかめることになるだろう。抗日の時期の弊風がそれを立証している。それは党の威信をたかめ、同志たちの威信をたかめ、ふるい幹部の威信をたかめたし、あたらしい幹部も大きな進歩をみせた。共産党と国民党、この二つの党をくらべてみると、批判をおそれるのはどちらだろうか。批判をおそれるのは国民党である。国民党は批判を禁じたが、結局、失敗をまぬがれることはできなかった。共産党は批判をおそれない。なぜなら、われわれはマルクス主義者であって、真理はわれわれの側にあり、労働者、農民という基本大衆はわれわれの側にあるからである。われわれはかって、整風運動は「普遍的なマルクス主義の教育運動」〔1〕だといったことがある。整風というのは、全党が批判と自己批判をつうじてマルクス主義を学ぶことである。整風のなかで、われわれはマルクス主義をいっそう多く学びとることができるにちがいない。
中国の改革と建設はわれわれが指導しなければならない。もし、われわれが作風をりっぱにととのえたならば、われわれは仕事のなかでいっそう主動的となり、われわれの能力はいっそう高まり、仕事はいっそうりっぱにすすめられるようになるだろう。わが国は、心から人民に奉仕し、心から社会主義の事業につくし、改革をこころざす人をたくさん必要としている。われわれ共産党員はすべてそのような人でなければならない。かつて旧中国では、改革をとなえると、罪に問われ、首をはぬられ、獄につながれたものである。だが、そうしたときでも、改革をこころざす人びとがいて、かれらはなんらおそれることなく、いろいろ困難な条件のもとで、書籍や新聞を出版し、人民を教育し、人民を組織し、不撓不屈の闘争をおこなった。人民民主主義独裁の国家権力は、わが国の経済と文化に急速な発展の道をきりひらいた。われわれの国家権力がうちたてられてから、まだわずか数年しかたっていないが、人びとは、経済の分野でも、文化、教育、科学の分野でも、かつてない繁栄の局面があらわれているのを見ることができる。新中国を建設するという目的をはたすためには、われわれ共産党員はどんな困難もおそれはしない。しかし、われわれだけではまだ不十分である。そのほかに、われわれとともに社会主義と共産主義の方向にそって、われわれの社会を改革し建設するため、なにものもおそれることなくたたかうことのできる党外の志士仁人を数多く必要とする。数億という中国人の生活をよくし、経済的にも文化的にも立ちおくれたわれわれの国を、ゆたかで、強大で、高い文化をもった国にきすきあげること、これはなみなみならぬ任務である。われわれが整風をおこなうのは、つまり、現在も整風をおこない、将来も整風をおこない、われわれの身についている誤ったものをたえずはらいおとさなければならないのは、われわれがよりよくこの任務をにない、改革をこころざす党外のすべての志士仁人とともによりよく仕事をすることができるようにするためである。徹底した唯物論者はなにものもおそれない。われわれは、われわれとともに奮闘するすべての人が、困難を克服し、挫折をおそれず、他人のとりざたや嘲笑をおそれず、また、われわれ共産党員にたいして批判や提案をすることもおそれずに、勇敢に責任をになうよう希望する。「身を八つざきにされようとも、敢然と皇帝を馬からひきずりおろす」、われわれは、社会主義、共産主義のためにたたかうさい、こうしたなにものもおそれない精神をもたなければならない。われわれ共産党員の側では、これらの協力者のために有利な条件をつくってやり、かれらとのあいだにともに仕事をしていく同志的な、よい関係をうちたて、かれらと団結してともに奮闘するようにしなければならない。
第六点、一面性の問題。一面性とは思想上の絶対化であり、形而上学的に問題をみることである。われわれの活動にたいする見方において、すべてを肯定すること、またはすべてを否定することは、どちらも一面性である。このように問題をみる人は、いま共産党内にも少なくないし、党外にもたくさんいる。すべてを肯定するというのは、つまり、よい面が見えるだけで、わるい面は見えず、称賛ならよいが、批判は許さないということである。われわれの仕事がなにもかもよくやられているかのようにいうのは、事実にあわない。なにもかもよいのではなくて、まだ欠点と誤りがある。しかし、なにもかもだめだというのでもない、これまた事実にあわない。分析をくわえる必要がある。すべてを否定するのは、物事がなにもかもよくやられておらず、社会主義建設というこの偉大な事業、数億の人がすすめているこの偉大な闘争がまるでなんの取りえもなく、めちゃくちゃだと、分析ぬきで考えることである。こうした見方をしている人の多くは、社会主義制度に敵意をもっている人とはちがうが、こうした見方はひじょうにまちがっており、ひじょうに有害であって、人びとに確信をうしなわせるだけである。われわれの活動を、すべてを肯定する観点からみるのも、すべてを否定する観点からみるのも、みなまちがっている。問題を一面的にみるこれらの人にたいしては、批判をくわえるべきである。もちろん、前の誤りを後のいましめとし、病をなおして人を救うという態度で批判し、かれらを援助しなければならない。
ある人は、整風をおこない、みんなに意見を出してもらう以上、どうしても一面性がうまれるのだから、一面性を克服することを求めるのは、人の口をふさぐようなものだといっている。こうした言い方は正しいだろうか。すべての人にすこしも一面性をもたないことを要求するのは、むりなことである。人びとは、いつも自分の経験にもとづいて問題を観察し、問題を処理し、意見を発表するのであるから、ときには多少一面性をもっというのも避けられないことである。しかし、人びとに、一面性を一歩一歩克服していくよう要求し、問題をわりあい全面的にみるよう要求してはいけないだろうか。わたしはそう要求するのが当然だとおもう。もしもそうせず、問題をわりあい全面的にみるという方法をとる人が日一日、年一年と多くなるよう要求しなかったならば、われわれは停滞してしまい、一面性を是認することになり、整風の要求と相反することになる。いわゆる一面性とは、弁証法にそむくことである。われわれは、弁証法を一歩一歩普及させていくよう要求し、みんなが弁証法というこの科学的な方法の運用を一歩一歩学びとるよう要求する。いま、われわれの一部の文章は、もったいぶってはいるが、中身がなく、問題の分析ができておらず、道理をしめすことができず、説得力がない。このような文章はだんだんと減らしていくべきである。自分が文章を書くときには、いつも、「おれはなんてえらいんだろう」などと考えてはならず、読者とまったく平等の立場にあるという態度をとらなければならない。早くから革命に参加した人でも、まちがったことをいったら、人びとはやはり反駁する。えらそうに構えれば構えるほど、人びとはますます相手にしなくなり、その文章を読みたがらなくなる。われわれは、誠実にことにあたり、物事に分析をくわえ、説得力のある文章を書くべきであって、虚勢を張って、人をおどしつけてはならない。
ある人は、長編の大論文なら一面性を避けることもできるが、短い雑文だと一面性は避けられないといっている。雑文はかならず一面性をもつものだろうか。さきにのべたように、一面性はとかく避けられないものであるし、また、多少一面性があったとしてもたいしたことはない。問題をみるばあい、きわめて全面的でなければならないとすべての人に要求するのは、批判の展開をさまたげることになる。しかし、われわれはやはり、問題をわりあい全面的にみるよう努力し、長文であれ、短文であれ、雑文もふくめて、一面性をもたないものにするよう努力することを要望する。ある人は、数百字ないし一、二千字の雑文でどうして分析ができるだろうかというが、わたしは、どうしてできないのか、魯迅はそれができたではないか、といいたい。分析の方法は、つまり弁証法的方法である。いわゆる分析とは、事物の矛盾を分析することである。生活をよく知らず、論じようとする矛盾についてほんとうにわかっていなければ、当を得た分析などはありえない。魯迅の後期の雑文がきわめて意味が深く、力があって、一面性をもたないのは、そのころ、かれが弁証法を身につけていたからである。レーニンの文章にも一部、雑文といえるものがあって、風刺もきいており、筆鋒もするどいが、そこには一面性はない。魯迅の雑文は、ほとんど全部、敵にむけるれたものであり、レーニンの雑文には、敵にむけるれたものもあれば、同志にたいするものもある。人民内部の誤りや欠点にたいして、魯迅式の雑文を書いてもよいだろうか。わたしはそうしてもよいとおもう。もちろん敵味方をはっきり区別すべきであって、敵対的な立場に立ち、敵にたいする態度で同志にたいしてはならない。あふれるような熱情をもって、人民の事業をまもり人民の自覚をたかめるという態度でものをいうべきであり、嘲笑的、攻撃的な態度でものをいってはならない。
文章を書く勇気がなかったら、どうすればよいだろうか。ある人は、書きたいことがあっても、思いきって書けない、書いたらうらみを買いはしないか、批判されはしないか、それが気になるといっている。そうした心配はいらないとおもう。われわれの国家権力は人民民主主義の権力であり、これは人民のためにものを書くのに有利な環境である。百花斉放、百家争鳴の方針は、科学と芸術の発展にあらたな保障をあたえている。もし書いたものが正しければ、批判などおそれる必要はなく、論議をつうじて、自分の正しい意見をざらにすすんであきらかにすることができる。もし書いたものがまちがっているなら、批判のおかげで、誤りをただせるのだから、それはべつに悪いことではない。われわれの社会では、革命的で戦闘的な批判と反批判は、矛盾を暴露し、矛盾を解決し、科学、芸術を発展させ、各種の活動をりっぱにやっていくためのよい方法である。
第七点、「放」か「収」かの問題。これは方針の問題である。百花斉放、百家争鳴、これは一時的な方針ではなく、基本的な、同時にまた長期的な方針である。同志諸君は、討論のなかで、「収」に賛成しなかったが、わたしはこの意見は正しいとおもう。党中央は、「放」でなければならず、「収」はいけないという意見である。
われわれの国家を指導するばあい、二つのちがった方法、いいかえれば二つのちがった方針をとることができる。それはつまり「放」と「収」である。「放」とは、人びとが大胆にものをいい、大胆に批判し、大胆に論争するように、思いきってみんなに意見をのべさせること、まちがった議論をおそれず、毒素をふくんだものをおそれないこと、さまざまな意見のあいだの論争や相互批判を活発にし、批判の自由も認めるし、批判者を批判する自由も認めること、まちがった意見にたいしては、圧服するのではなく、説得し、道理を説いて服させることである。「収」とは、人びとが異なった意見を出すのをゆるさず、まちがった意見を発表するのをゆるさず、それを発表したら、「一撃のもとにたたきのめす」ことである。これは矛盾を解決する方法ではなく、矛盾を拡大する方法である。二つの方針、つまり「放」か、それとも「収」か、どうしてもそのうちの一つをとらなければならない。われわれは「放」の方針をとる。なぜなら、これがわれわれの国家の強化と文化の発展に有利な方針だからである。
われわれは、数百万の知識分子をわれわれの側に結集し、かれらの現在のすがたを変えるのに、この「放」の方針をとるつもりである。わたしがさきにのべたように、わが国の圧倒的多数の知識分子は、進歩をねがい、改造をねがっており、また改造できるのである。これについては、われわれのとっている方針はひじょうに大きな役割をもっている。知識分子の問題は、なによりもまず思想問題であって、思想問題にたいして、あらっぽいやり方やおさえつけるやり方をとるのは有害無益である。知識分子の改造、とくにかれらの世界観を変えるには、長期の過程が必要である。われわれの同志は、思想改造の仕事が長期にわたる、根気のいる、きめのこまかな仕事であって、人びとの数十年にわたる生活のなかで形成されてきた思想を何回かの講義や何回かの会議で変えようなどと考えてはならないということを、ぜひとも知っておかなければならない。人を服させるには、説得するよりほかはなく、圧服してはならない。圧服すれば、結局は圧すれど服さずということになるのが常である。力ずくで人を服させようとしてもだめである。敵にたいしてはそうしてもかまわないが、同志にたいし、友人にたいしては、ぜったいにこういう方法をとってはならない。説得するのが不得手ならどうしたらよいか。それには学習が必要である。われわれはかならず、論議をするという方法、道理を説くという方法をつうじて、さまざまなまちがった思想を克服することを学びとらなければならない。
百花斉放は芸術を発展させる方法であり、百家争鳴は科学を発展させる方法である。百花斉放、百家争鳴というこの方針は、科学と芸術を発展させるよい方法であるばかりでなく、ひいては、すべての仕事をすすめるうえでのよい方法でもある。この方法をとれば、われわれは誤りを少なくすることができる。多くの事がらは、われわれがわからないために、それを解決することができなくても、論議していくうち、闘争していくうちに、それらの事がらがわかるようになり、問題を解決する方法がわかってくる。いろいろの異なった意見をたたかわせることによって、真理を発展させることができるのである。毒素をふくんだ反マルクス主義的なものにたいしても、この方法をとることができる。なぜなら、こうした反マルクス主義的なものとの闘争によって、マルクス主義を発展させることができるからである。これは対立面の闘争をつうじての発展であり、弁証法にかなった発展である。
人びとは、これまでずっと真、善、美を口にしてきたではないか。真、善、美の反面は偽、悪、醜である。偽、悪、醜がなければ、真、善、美はない。真理は誤謬と対立するものである。人類社会と自然界においては、統一体はかならず異なった部分にわかれるもので、ただ、異なった具体的な条件のもとでは、その内容が異なり、形式が異なるにすぎない。どんなときでも、かならずまちがったものが存在し、かならず醜悪な現象が存在する。どんなときでも、良と否、善と悪、美と醜というような対立はかならず存在する。香り高い花と毒草もそうである。それらのあいだの関係はすべて対立面の統一であり、対立面の闘争である。比較してこそ識別することができる。識別し、闘争してこそ、発展することができる。真理は誤謬との闘争をつうじて発展するものである。マルクス主義はつまりこのようにして発展してきたのである。マルクス主義はブルジョア思想、小ブルジョア思想との闘争をつうじて発展するものであり、しかも闘争をつうじてはじめて発展できるのである。
われわれは「放」の方針を主張しているが、いまは「放」が度を越しているのではなく、まだ「放」が足りないのである。「放」をおそれてはならず、批判をおそれてはならず、また毒草をおそれてはならない。マルクス主義は科学的真理であって、批判をおそれないし、批判によってくつがえされるものではない。共産党、人民政府もそうであって、やはり批判をおそれないし、批判によって倒されもしない。まちがったものはかならず存在するのであって、それはべつにおそろしいものではない。最近の一時期、いくらかの妖怪変化ものが上演された。一部の同志はこうした状況を見て、ひどく気をもんでいる。わたしに言わせれば、すこしぐらいあってもかまわない、数十年たったら、いま舞台にのぼっているこうした妖怪変化は消えてなくなり、見たいとおもっても見られなくなる。われわれは正しいものを提唱し、まちがったものに反対しなければならないが、人びとがまちがったものに触れるのをおそれてはならない。行政命令の方法だけにたよって、人びとがまともでない現象に触れるのを禁止し、醜悪な現象に触れるのを禁止し、まちがった思想に触れるのを禁止し、妖怪変化を見るのを禁止するというのでは、問題を解決することはできない。もちろん、わたしは妖怪変化をふやすことを提唱しているのではなく、「すこしぐらいあってもかまわない」といっているのである。まちがったものがいくらかあるということは、なにも不思議なことではなく、またおそれるにおよばないことであって、それによって人びとが、これらのものとどうたたかうかをいっそうよく学びとることができるのである。荒れくるう波風もおそろしいことはない。人類社会というものは、荒れくろう波風のなかで発展してきたのである。
わが国では、ブルジョア階級と小ブルジョア階級の思想、反マルクス主義の思想は、なお長期にわたって存在する。社会主義制度は、わが国ではすでに基本的にうちたてられている。われわれは、生産手段所有制の改造の面では、すでに基本的な勝利をおさめたが、しかし、政治戦線と思想戦線の面では、まだ完全には勝利をおさめていない。イデオロギーの面でプロレタリア階級とブルジョア階級のどちらが勝ち、どちらが負けるかという問題は、まだほんとうに解決されてはいない。われわれは、ブルジョア階級、小ブルジョア階級の思想にたいして、なお長期にわたる闘争をすすめなければならない。こうした状況を理解しないで、思想闘争を放棄するなら、それは誤りである。およそ誤った思想であり、毒草であり、妖怪変化であるかぎりは、すべて批判すべきであり、それらが思うままにはびこるのをぜったいに許してはならない。しかし、こうした批判は、十分に道理を説き、分析をくわえ、説得力をもったものでなければならず、粗暴な、官僚主義的なもの、あるいは形而上学的な、教条主義的なものであってはならない。
これまで長いあいだ、人びとは教条主義にたいして、多くの批判をおこなってきた。これは当然やるべきことである。しかし、人びとはとかく修正主義にたいする批判をおろそかにする。教条主義と修正主義はどちらもマルクス主義にそむくものである。マルクス主義はかならず発展する。それは実践の発展にともなって発展するものであり、じっととどまっていることはない。とまってしまい、いつも同じ型にはまっているのでは、生命をうしなってしまう。しかし、マルクス主義の基本原則はまたそむいてはならないものであって、それにそむけば、誤りを犯すことになる。マルクス主義に形而上学的な観点で対処し、これを硬直したものとみること、それは教条主義である。マルクス主義の基本原則を否定し、マルクス主義の普遍的真理を否定すること、それは修正主義である。修正主義は一種のブルジョア思想である。修正主義者は社会主義と資本主義との区別を抹殺し、プロレタリア階級独裁とブルジョア階級独裁との区別を抹殺する。かれらが主張するのは、実際には、社会主義の路線ではなくて資本主義の路線である。現在の状況のもとでは、修正主義は教条主義よりいっそう有害なものである。いま、思想戦線におけるわれわれの重要な任務は、修正主義にたいする批判をくりひろげることである。
最後の点、つまり第八点は、それぞれの省、市、自治区の党委員会が思想問題に取りくむこと。このことは、在席の一部同志の希望にこたえて話すのである。いまでも、多くの地方の党委員会は思想問題に取りくんでいないか、あるいはわずかしか取りくんでいない。これは主として忙しいからである。しかし、ぜひとも取りくまなければならない。「取りくむ」というのは、この問題を議事日程にのぼせることであり、研究することである。わが国の革命の時期における大規模な、あらしのような大衆的階級闘争はすでに基本的に終わっているが、しかし、階級闘争、主として政治戦線と思想戦線における階級闘争は、なお存在しており、しかもまだひじょうに先鋭である。思想問題は、いまひじょうに重要な問題になっている。各地方の党委員会の第一書記はみずからのりだして思想問題に取りくむべきであり、この問題を重視し、研究しなければ、この問題を正しく解決することはできない。各地方がこんどの宣伝会議のような会議をひらいて、その地方の思想工作および思想工作と関連のある各方面の問題を討議すべきである。こうした会議には、党内の同志が参加するばかりでなく、党外の人も参加し、異なった意見をもつ人も参加する必要がある。われわれのこんどの会議の経験は、こうすることが会議をすすめるのに、役には立っても、害にはならないということを立証している。
注
〔1〕 本選集第三巻の『軍隊の生産自給、あわせて整風、年産の二大運動の重要性について』にみられる。