蔵書 › 毛沢東選集 第五巻 › 社会主義革命と社会主義建設の時期(一)
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中国共産党全国代表者会議での演説
(一九五五年三月)
開会のことば (一九五五年三月二十一日)
中国共産党全国代表者会議代表の同志諸君
われわれの今回の全国代表者会議には、次の三つの議題がある。第一・国民経済発展のための第一次五ヵ年計画とこの計画についての報告。第二、高崗・饒漱石反党同盟についての報告。第三、中央監察委員会の設置について。
中央委員会は、レーニンの過渡期についての学説にもとづいて、中華人民共和国成立いらいの経験を総括し、わが国の国民経済回復期が終わろうとしていたとき、つまり一九五二年に、過渡期における党の総路線を提起した。この総路線とは、およそ三つの五ヵ年計画の期間内に、国の社会主義的工業化を一歩一歩なしとげ、同時に農業、手工業、資本主義工商業にたいする社会主義的改造を一歩一歩なしとげて、わが国に社会主義社会を建設するという目的を達成することである。党の総路線およびこの総路線を実現するために党がとった一連の重要な政策と措置は、すでに事実によって、その正しさが立証されている。全党の同志と全国の人民の努力に依拠して、われわれの活動は大きな成果をおさめた。しかし、われわれの活動には、欠点もあり誤りもある。われわれの多くの措置が、あらゆる面ですべて適切に規定されているということはありえず、実施していくなかで、新しい経験にもとづいて補充し、修正していかなければならない。
国民経済発展のための第一次五ヵ年計画は、党の総路線を実現するうえでの、一つの重要な段どりである。党の今回の全国代表者会議は、実際の経験にもとづき、この計画草案をしんけんに討議して、その内容を比較的妥当なものにし、実行可能な計画にすべきである。
われわれのこのような大きな国では、状況は複雑で、そのうえ国民経済がもともと非常に立ちおくれており、社会主義社会を建設するのは、けっして容易なことではない。われわれは、三つの五ヵ年計画を経て社会主義社会を建設することはできるであろうが、強大な、高度に社会主義的工業化された国を建設するには、数十年にわたるきびしい努力が必要である。たとえば五十年、つまり今世紀後半の全半世紀という時間が必要である。われわれの任務は、つぎのことをわれわれに要求している。すなわち、わが国人民内部の関係――とりわけ労働者階級と農民とのあいだの関係をりっぱに処理し、わが国各民族のあいだの関係をりっぱに処理しなければならないということ、そして同時に、偉大な社会主義先進国ソ連および人民民主主義諸国との緊密な協力関係をひきつづきりっぱに発展させ、また資本主義世界における平和を愛するすべての国家および人民との協力関係をも発展させなければならない、ということである。
われわれは、いつも、つぎのように言っている。われわれの仕事に成果があったからといって、おごり高ぶったり、うぬぼれたりしてはならない、謙虚な態度をもちつづけ、先進諸国に学び、大衆に学び、同志間でも互いに学びあって、誤りを少なくすべきである、と。わたしは、この点を今回の代表者会議でやはりもう一度のべる必要があると思う。高崗、饒漱石の反党事件からみて、わが党内には、たしかにおごり高ぶったり、うぬぼれたりする気分が存在しており、一部の同志のあいだでは、こうした気分がかなり強く、これを克服しなければ、社会主義社会の建設という偉大な任務を完遂するうえでのさまたげとなるo
同志諸君も知っているように、高崗・饒漱石反党同盟の出現は、偶然のできごとではなく、わが国の現段階における激しい階級闘争の鋭いあらわれの一つである。この反党同盟の犯罪的なねらいは、わが党を分裂させ、陰謀的な手段で党と国家の最高権力をうばい、反革命復活に道をひらくことにあった。全党は、中央委員会の一致団結した指導のもとで、すでにこの反党同盟を徹底的に粉砕した。こうして、われわれの党は、いっそう団結し、強固になった。これは、われわれが社会主義事業をめざしてたたかうなかでおさめた大きな勝利である。
われわれの党にとっていうならば、高崗・饒漱石事件は、一つの大きな教訓であり、全党は、これを戒めとすべきであって、ふたたび党内で、こうした事件がおこらないようにしなければならない。高崗、饒漱石は、党内で陰謀をもてあそび、秘密活動をすすめ、同志たちの背後で挑発・離間をおこなったが、公開の場ではその活動を偽装していた。かれらのこうした活動は、まったく地主階級とブルジョア階級が、歴史上よくつかった例の醜悪なやり口なのである。マルクス、エンゲルスは『共産党宣言』のなかで、「共産主義者は、自分の見解や意図をかくすことを恥とする」と書いている。われわれは共産主義者として、ましてや党の高級幹部として政治面では公明正大でなければならず、いつでも公然と自分の政治的見解をのべ、すべての重大な政治問題については、賛成なのか、反対なのか、その態度をあきらかにしなければならず、けっして高崗、饒漱石にならって陰謀の手管をもてあそんではならない。
社会主義社会の建設というこの目的のため、中央委員会は、このさい、党規約にもとづき、中央監察委員会を設けて、以前の規律検査委員会にとって代わらせる必要があると考える。こうして、新たな、激しい階級闘争の時期に、党の規律をつよめ、さまざまな法規・規律違反にたいする闘争をつよめ、とりわけ、高・饒反党同盟のような党の利益をひどくそこなう事件が、ふたたびおきないようにしなければならない。
さまざまな歴史的教訓にかんがみ、また個人の知恵は集団の知恵と結びあってはじめて、比較的よい役割をはたすことができ、活動のなかでわれわれの誤りを少なくすることができるということにかんがみ、中央と各段階の党委員会は集団指導の原則を堅持しなければならず、個人独裁と分散主義という、二つの誤った傾向にひきつづき反対しなければならない。集団指導を実行することと個人が責任をもつこととは、たがいに対立するものではなく、たがいに結びあっているものだということを知るべきである。個人が責任をもっということは、集団指導の原則にそむく個人独裁とは、まったく別個のことである。
当面の国際的条件は、われわれの社会主義建設事業にとって有利である。ソ連をはじめとする社会主義陣営は強大であり、内部は団結している。一方、帝国主義陣営は弱体であり、克服しようのない数かずの矛盾と危機に直面している。こういう状況ではあるが、帝国主義勢力は、やはりわれわれを包囲しており、われわれは、おこりうる突発的な事態に対処する備えがなければならない、ということを知るべきである。今後、帝国主義が戦争をおこすならば、おそらく第二次世界大戦のときのように奇襲攻撃に出るだろう。したがって、われわれは、精神面でも、また物質面でも、備えがなければならず、こうしてはじめて突発的な事態がおきたとき、手のほどこしようもないような状態をまねかないですむ。これが、一つの面である。もう一つの面についていうと、国内の反革命残存勢力の活動がまだひじょうに激しく、われわれは、計画的に、分析をくわえながら、実際状況にもとづき、かれらにさらに何回かの打撃をあたえ、潜伏している反革命勢力をいっそう弱めて、わが国の社会主義建設事業の安全を保障すべきである。これら二つの面で、われわれが適切な措置をとるならば、敵のもたらす大きな危害を避けることができるが、さもないと、われわれは誤りを犯すことになろう。
同志諸君! われわれはいま、新しい歴史的時期に生きている。六億の人口をもつ東方の国で社会主義革命をすすめ、この国で歴史の方向と国の姿を変え、およそ三つの五ヵ年計画の期間内に、国を基本的に工業化し、また農業、手工業、資本主義工商業の社会主義的改造を完成し、数十年内に、世界でもっとも強大な資本主義国に追いつき、これを追いこす――これらをなしとげるには、ちょうどわれわれが民主主義革命の時期に多くの困難に直面したように、けっして困難は避けることができないし、これまでよりいっそう大きな困難に直面するかもしれない。だが同志諸君、われわれ共産主義者は、困難をおそれないことで世に知られている。われわれは、戦術上では、いっさいの困難を重視しなければならない。具体的な困難の一つひとつにたいして、われわれは、しんけんに対処する態度でのぞまなければならず、必要な条件をつくりだし、対処する方法をよく考え、一つずつ、ひとまとまりずつ、それを克服していかなければならない。われわれの数十年の経験によれば、われわれが直面したどの困難も、たしかにみな克服されてきた。さまざまな困難も、共産主義者に出あうと退かざるをえない。まったく「高い山も頭をさげ、川の流れも道をゆずる」というものだ。ここから、一つの経験が得られる。それは、われわれは困難を蔑視してもよいということである。これは、戦略面について、また全体についていうのである。どのように大きな困難であろうと、われわれは、ひと目でその底まで見ぬくことができる。いわゆる困難とは、社会上の敵と自然界とがわれわれにもたらしたものにほかならない。帝国主義、国内の反革命分子およびわが党内におけるその代理人などなどは、みな滅亡に瀕した勢力であり、一方われわれは、新生の勢力であり、真理はわれわれの側にある、ということをわれわれは知っている。かれらにとっては、われわれは由来うち破ることのできないものなのである。われわれ自身の歴史をふりかえって見さえすれば、この道理がわかるはずである。われわれは、一九二一年、党をつくったばかりのころ、わずか数十人で、微々たるものだったのが、その後発展して、国内の強大な敵をついにうち倒してしまったのだ。自然界という敵も、これを征服する方法がある。自然界であろうと社会上であろうと、新生の勢力は、すべてその本質からいうならば、由来うち破ることのできないものなのである。すべての旧勢力は、それが数のうえで、どんなに膨大なものであろうと、かならず消滅されるものだ。したがって、われわれは、この世でぶつかるどのような大きな困難であろうと、これを蔑視することができるし、蔑視すべきであって、これを「眼中になし」という位置におくのである。これがつまり、われわれの楽観主義である。こうした楽観主義には科学的根拠がある。われわれが、マルクス・レーニン主義をよりよく身につけ、自然科学をよりよく身につけさえすれば、つまり、客観世界の法則をよりよく身につけ、主観主義の誤りをあまり犯さないようにしさえすれば、われわれの革命と建設の仕事は、かならずその目的を達成することができるのである。
結論 (一九五五年三月三十一日)
同志諸君
みんなの発言はもう終わったので、わたしは次のいくつかの問題――今回の会議にたいする評価、五ヵ年計画、高・睫の問題、当面の情勢、党の第八回全国代表大会について、すこし話してみたいと思う。
一 今回の代表者会議にたいする評価について
圧倒的多数の同志は次のようにみている。今回の会議はたいへんよかった、これは延安での整風運動いらい、ふたたび開かれた整風の会議であり、民主を発揚し、批判と自己批判をくりひろげることによって、われわれの相互理解がいっそう深められ、思想がいっそう統一されて、共通の認識を得ることができた、と。われわれにはもともと共通の認識があったが、しかし、若干の問題について異なった意見も存在していた。それが今回の会議を通して認識が統一されたのである。この基礎のうえにたてば、この思想面、政治面、そしてまた畿多の政策面の共通の認識の基礎のうえにたてば、われわれの党をよりよく団結させることができるのである。周恩来同志が言ったように、党の第七回全国代表大会とその大会前の一時期におこなわれた全党の思想面、政治面での整風運動によって、わが党の思想的統一の基礎がかためられ、この基礎のうえで帝国主義、封建主義、官僚資本主義に反対する民主主義革命の勝利がかちとられた、というならば、今回の会議によってわれわれは社会主義の勝利をかちとることができるであろう。
今回の会議で立証されているように、わが党のレベルは大きく高められた。十年まえの第七回全国代表大会の時期にくらべで大きく進歩しているばかりでなく、一九四九年の二中総、一九五〇年の三中総の時期にくらべても大きく進歩した。これはよいことであり、今回の会議はわれわれが進歩したことをはっきりしめしている。
われわれは歴史的な新しい時期に足を踏みいれている。それは、われわれがいま従事し、思考し、研究しているのは社会主義的工業化、祉会主義的改造、国防の現代化にうちこみ、さらにこれからは原子力の開発にもうちこむことだ、という時期なのである。全党の同志は、そのうちこみ方に深いものも浅いものもあるが、在席の同志も同じであろう。ちょうど医者でいえば、ある人は手術ができるが、ある人はできない、ある人は静脈に注射をうてるが、ある人はそれができず皮下にしかうてない、一部分の医者は皮下にさえ手をつける勇気がなく、皮層の表面にとどまっている、といったようなものである。一部分の同志は仕事にうちこんでいないが、大部分の同志はうちこんでいる。みたところ多くの人はうちこんでおり、いささか玄人の感がある。今回の会議でもこのような状況をみることができた。これはたいへん喜ばしいことだ。なぜなら、いまわれわれが直面しているのは、社会主義的工業化、社会主義的改造、新しい国防、その他各分野の新しい仕事であるからだ。このような新しい状況に適応して仕事にうちこみ、玄人になるのはわれわれの任務である。したがって、仕事にうちこんでいかない人、皮膚の表面だけにとどまっている人を教育して、かれらが玄人になるようにしなければならないのである。
高崗、饒漱石の反党同盟にたいする闘争は、わが党の大きな前進をうながすであろう。
われわれは、党内、党外の五百万の知識分子と各クラスの幹部のなかで、唯物弁証法を宣伝し、かれらがそれをしっかり身につけて観念論に反対するようにしなければならない。われわれはまもなく強大な理論隊列を紬織できるであろう。これはひじょうに必要なことであり、これまたたいへん喜ばしいことである。
われわれは、数百万の人がマルクス主義理論の基礎、すなわち弁証法的唯物論と史的唯物論を学び、さまざまな観念論と機械的唯物論に反対する、というこのような強大な理論隊列を組織する計画をたてなければならない。いまわれわれには理論活動に従事している幹部がたくさんいるが、まだ理論隊列に組織されておらず、まして強大な理論隊列はできていない。このような隊列がなければ、全党の事業も、わが国の社会主義的工業化、社会主義的改造、国防の現代化、原子力の研究もうまくいかず、問題は解決されないのである。したがって、わたしは同志たちが哲学を学ぶようすすめたい。哲学にたいして興味がなく、哲学を学ぶ習慣を身につけていない人が相当多い。その人たちは、まずパンフレットや短い文章を読み、そこから興味をひきだしていって、それから七、八万字の本を読み、そのあとで一冊数十万字の本を読むようにすればよいと思う。マルクス主義には、マルクス主義の哲学、マルクス主義の経済学、マルクス主義の社会主義――階級闘争の学説などいくつかの学問的分野があるが、その基礎になるのはマルクス主義の哲学である。これに通じないと、われわれのあいだには共通のことばも、共通の方法論もなくなり、むだ□をたたくだけで、はっきりとした結論が出ないのである。唯物弁証法の思想があれば、多くの手間がはぶけるだけでなく、あまり誤りを犯さないですむ。
二 第一次五ヵ年計画について
五ヵ年計画を討議したさい、大多数の発言はたいへんよかったと同志たちは考え、みんな満足している。そのなかで一部分の発言はとくによかった。かれらは問題を説きあかし、ちょっとその道の専門家の感があった。しかし、中央各部門の発言のなかには一部分その内容に見劣りがし、分析と批判の足りないものがあり、地方の同志の発言のなかにも一部分その内容に見劣りがし、分析と批判の足りないものがあった。もう一つの状況は、一部分の同志はその発言のなかで、ゆゆしい浪費およびその他の誤りについての現状を指摘しただけで、いかに対処すべきかを説明していなかった。これらの発言について一部分の同志は不満を感じている。わたしはこの不満には根拠があると思う。
わたしは、すべての省委員会書記、市委員会書記、地区委員会書記および中央各部門の責任者の同志が、みんな発奮努力し、マルクス・レーニン主義のレベルを高め、その基礎のうえにたって、政治工作、経済工作に精通したその道の専門家になるように願っている。一万では政治思想工作をりっぱにやり、一方では経済建設をりっぱにやらなければならない。われわれは経済建設についてほんとうによく学びとらなければならないのである。
今回の会議で、地方が中央に解決を要請している多くの問題があるが、およそ、中央ですでに規定されているものについては積極的に解決すべきである。その他の問題については、事務局が、提議した同志とともにその解決策について研究し、中央に報告してこれを処理する。
中央の各部門が地方の協力をもとめる事項も少なくない。中央の部門が各地方で運営している事業は、地方の党委員会にその監督と援助をもとめる必要があり、とくに政治思想工作の面ではその必要がある。地方の党委員会は、中央が地方で運営している事業の任務完遂をたすける責任がある。このように、地方から中央に要望があるだけでなく、中央から地方にも要望があるのだ。中央の各部門と地方の党委員会が心をあわせて協力し、分業、合作することによってはじめて、第一次五ヵ年計画が円満に実現されるのである。
三 高崗、饒漱石の反党同盟について
第一点、ほんとうにこの同盟があるのだろうか、もしかしたら同盟ではなく、二つの独立国か二つの単独経営世帯ではないか、と質問する人がいる。また、文書を見たことかない、かれらが同盟だとしたら、協定があり、協定には文書があるはずだ、と言う同志もいる。たしかに文書による協定はないし、さがしても見つからない。それなのに、われわれは高崗と饒漱石には同盟があると言う。ではどういう点からそれを見いだしたのか。その一は、財政・経済会議の期間に高崗と饒漱石がすすめた共同の活動から見いだしたのである。その二は、組織会議の期間に饒漱石と張秀山が呼応してすすめた反党活動から見いだしたのである。その三は、饒漱石の話のなかから見いだしたのである。かれは「今後、中央組織部は郭峰を中核にすべきだ」と言った。組織部は饒漱石が部長であり、そこで高岡の腹心郭峰が中核になると言うのだ。これは結構至極ではないか! なかなか緊密に団結しているではないか! その四は、高岡と饒漱石が、安子文のひそかに作成した政治局員のリストをあちこちでながしていたことから見いだしたのである。このことで安子文は警告処分をうけた。高崗や饒漱石らはこのリストを組織会議の参加者全部にながしたばかりでなく、南部の各省にまでながした。このようにいたるところにながしたその魂胆はなんであろうか。その五は、高崗が二度もわたしにたいして饒漱石を保護すべきであるという意思表示をしたし、また饒漱石も最後まで高崗を保護しようとしたことから見いだしたのである。饒漱石がいまたいへんなことになっていると言って、高崗はわたしに救援を求めてきた。そこでわたしはこう言った。きみはなぜ饒漱石の代理になって話しにくるのか。わたしは北京にいるし饒漱石も北京にいる。かれはなぜ自分で来ないできみを代理にたてたのか。西蔵にいたとしても電報がうてるではないか、北京にいるではないか、足があるではないか、と。二回目は高崗の問題が摘発される前日で、高崗はなおも饒漱石を保護すべきだという意思表示をしていた。饒漱石は最後まで高崗を保護しようとし、高崗のためにその無実を申したてるといっていた。高崗の問題を摘発した中央の会議の席でわたしはこう言った。北京には二つの司令部がある。一つはわたしをはじめとする司令部で、まともな風を吹かせ、まともな火をもやしている。もう一つはほかの人を司令官とする司令部で、よこしまな風を吹かせ、よこしまな火をもやしている地下の流れである、と。政令一途に出づか、それとも多途に出づか。以上述べたさまざまなことからみて、かれらには一つの反党同盟があったのであり、二つのたがいに関係のない独立国でもなければ単独経営世帯でもないのである。
また、一部分の同志は、協定の文書がないのでこれは同盟ではないのではないか、という疑問をもっている。これらの同志は、陰謀分子のつくっている反党同盟と、一般に公開されている公式の政治同盟や経済同盟とを同叫視し、同じようなものだと考えているのである。かれらは陰謀をたくらんでいるのだ! 陰謀をたくらむのに協定文書をかわすだろうか。もしも協定文書がなければ同盟でないとすれば、高崗と饒漱石の二つの反党集団の内部はどういうことになるか。高崗と張秀山、張明遠、趙徳尊、馬洪、郭峰のあいだにも条約は結ばれていない。われわれもかれらの協定文書を見ていないではないか。そうだとすると、かれらのこの反党集団をさえ否定してしまうことになる。それに、われわれは饒漱石と向明、揚帆とのあいだの条約も見ていないではないか。だから、協定文書がなければ同盟というわけにいかないという意見はまちがっている。
第二点、高崗、饒漱石の影響をうけた同志とその影響をうけなかった同志は、それぞれどのような態度をとらなければならないか。影響をうけた者にもその影響の浅い深いがある。一部分の同志は一般的なもので、かれらにひと撫でされた程度である。少数の幾人かの同志は比較的に深く、かれらといろいろな問題について話し、また、かれらにかわって宣伝するなど下部で活動をした。この両者にはちがいがある。だがその影響の浅い深いにかかわらず、これらの同志の大多数はこの会議の席ですでに態度を表明した。ある人は発言がたいへんよかったので満場の歓迎をうけた。ある人は発言がわりあいよかったので大部分の同志に歓迎されたが、まだ欠点はあった。ある人は発言が十分でなかったので、きょうその補足をした。ある人の発言の全文はわりあいよかったが、部分的には適切でないところもあった。いずれにしても、この人たちはすでにその態度を表明したのであるから、われわれは一律にこれを歓迎すべきである。とにかく態度を表明したのだ! まだ発言をもとめている同志も個別的にはいるが、間に合わないので書面にして中央に報告を出せばよい。まだ発言していない人は、問題が深刻ではない。ただかれらにひと撫でされ、すこしは事情を知っているが、まだそれを話していないのである。また、すでに発言した人でも、まだ尻尾をのこしている人がいるのではないだろうか。それならば、いま、われわれはこう決定しよう。五ヵ年計画についても、高・饒反党同盟の問題についても、すべての発言、報告は持ち帰り、手をくわえてもよい。一字一句よく検討して、五日間以内に、不完全な発言、あるいは不適当な発言の部分について手をくわえてもよいことにする。今回の会議の席上での発言が適当でなかったからといって、われわれは相手のことばじりをつかまえて、将来困らせるようなことをしてはならない。いまから手をくわえてもよく、最後に修正した原稿を基準にしよう。
これらの同志にたいして、われわれは次のような態度をとるべきである。かれらが誤りを改めるのをねがい、かれらをただ観察するだけでなく援助しなければならない。つまり、かれらが改めるかどうかを観察するだけでなく、かれらが改めるのを援助しなければならない、ということである。人には援助が必要である。緑の葉があってこそ蓮の花は美しい。また、垣根一つに杭三本、男一匹に加勢三人、という。単独でやるのはよくない。いずれにしても他人の援助は必要である。とくにこのような間地では他人の援助が必要である。かれちが誤りを改めるかどうかを観察すること、これは必要であるが、それだけでは消極的で、一歩進んでかれらを援助すべきである。影響をうけた人にたいしては、その影響の深い浅いを問わず、われわれはかれらがその誤りを改めることを一律に歓迎し、また観察するだけでなく援助しなければならない。これが誤りを犯した同志にたいする積極的な態度である。
影響をうけなかった同志はおごり高ぶってはならず、病にとりつかれぬよう注意すべきで、これはひじょうに重要なことである。さきにのべたそれらの同志のうち、一部はだまされたのであろうし、一部はわりあい深くはまりこんでしまったのだろうが、誤りを犯したためにかれらは警戒心をそなえ、今後このような誤りを犯すことはないだろう。一度病気にかかって免疫ができたのである。一度種痘をすれば予防の作用がある。しかし、それでも天然痘にかからないという保証はないので、いちばんよいのは三年あるいは五年おいてもう一度種痘をすること、つまりこのような会議をひらくことである。ほかの同志はおごり高ぶってはならず、誤りを犯さないよう注意すべきである。高崗、饒漱石はなぜこの人たちに手を出さなかったのだろうか。それには幾種類かの状況がある。第一は、かれらが敵だと思っている人で、当然この人たちには病菌をばらまこうとしない。第二は、かれらが軽蔑している人で、これはとるにたらず、当面病菌をばらまく必要はないし、将来「天下平定」のあかつきには自然についてくるだろうと考えている。第三は、かれらが手出しできない人で、この人たちは免疫性が比較的に強く、かれらは一目でお門違いと見てとったのだろう。これらの同志はかれらの敵とは見なされなかったし、とるに足らない人でもないのだが、かれらは手出しができなかった。第四は、時間が間に合わなかったのである。この伝染病が広まるのにも時間がかかる。あと一年間この問題が摘発されなければ、一部の人はあぶなかっただろう。であるから英雄気取りで、見ろ、おまえたちはちょっと臭がついてしまったではないか、おれはきれいさっぱりしているんだ、などと威張るものではない。あと一年この問題が摘発されなければ、少なからぬ人がかれらの影響をうけるのは請け合いである。
以上は、高、饒の影響をうけた同志も、うけなかった同志も注意すべきところだとわたしは考える。
第三点、原則的な問題について、同志のあいだでは、党の原則に違反している言論、行動にたいしては、つねに一定の距離をおくよう注意すべきである。かれらのことばや行動が党の原則に合致せず、またわれわれもおかしいと思うばあい、そうした問題については、またそうした状況のもとでは、かれらといっしょになってはならない。党の原則に合致したその他の問題では、たとえば五ヵ年計両、高・饒反党問題にかんする決議・報告、およびいろいろの正しい政策、正しい党内規定などについての言論、行動にたいしては、当然積極的に支持し、いっしょになるべきである。党の原則に合致しないものにたいしては中定の距離をおくべきである。すなわち一線を画して即座につきかえすのである。旧来の友人、旧来の上司、旧来の部下、旧来の同僚、同窓、同郷だからといってこの距離をおかないのはよくない。こんどの高・饒反党事件でも、過去の党内の路線闘争でも、つぎのような経験が数多くある。相互の関係がひじょうに長く深いからと言って、口に出さず、一定の距離をおかず、つきかえきず、一線を画さないなら、ますます深くはまりこみ、かれらの「亡霊」にまつわりつかれる。だから態度をはっきりしめすべきであり、原則を堅持すべきなのである。
第四点、一部の同志は「高、饒の悪事は少しばかり知っていたが、かれらの陰謀は見ぬけなかった」と言っている。わたしに言わせれば二種類の状況がある。一つは、高崗、饒漱石が党の原則に合致しないことをたくさん話したのを聞き、はては高岡、饒漱石から一部分の反党活動について相談をうけたような場合で、これは、見ぬくことはできたはずである。もう一つは、一般的にかれらの悪事を知っていたが陰謀を見ぬけなかった場合で、これはむりもない。そんなに簡単には見ぬけないものである。中央も一九五三年になってはじめてかれらの反党陰謀を発見したのである。財政・経済会議、組織会議および財政・経済会議以前のさまざまな問題をとおして、かれらが尋常でないのに気がついたのである。財政・経済会議の期間にかれらの尋常でない活動を発見し、そのつどかれらをはねつけた。それ以後、かれらは完全に秘密活動にはいったのである。われわれは一九五三年の秋冬のころにはじめて、この陰謀、陰謀家、陰謀集団を発見した。高崗、饒漱石については長い期間かれらが悪人であるのを見ぬけなかった。このようなことは以前にもあったのである。井岡山の時期に、幾人かの裏切り者が出たが、われわれはそれまでかれらが裏切るなどとは考えたこともなかった。おそらくみんなにもこのような経験があるであろう。
われわれはここから、仮象にだまされてはいけない、という一つの経験を得なければならない。われわれの一部の同志は、仮象にだまされやすい。いっさいの事物にはその現象と本質とのあいだに矛盾がある。人びとはその現象にたいする分析、研究をとおしてはじめて事物の本質を知ることができるのであり、そのために科学が必要なのである。もし、直観によってすぐにその本質を見いだすことができるならば、科学は何のためにあるのか。研究は何のためにするのか。研究が必要なのは、現象と本質とのあいだに矛盾があるためである。しかし、仮象は仮象であって一般の現象とは違う。そこで、仮象にはできるだけだまされないようにする、という経験を得るのである。
第五点、おごり高ぶった気持ちの危険性について。英雄気取りをしてはならない。事業は多数の人によってなされるものであり、少数の人の役割には限度がある。もちろん少数の人の役割、すなわち指導者、幹部の役割は認めなければならないが、そんなに大した役割ではなく、すばらしい役割をはたすのはやはり大衆である。幹部と大衆との正しい関係についていえば、幹部はいなければならないが、物事は広範な大衆がやるのであり、幹部は一種の指導的役割をはたすのであって、幹部のこの役割を誇大視してはならない。きみがいなければ大変なことになるのか。歴史や多くの事実が証明しているように、きみがいなくてもさしつかえないのである。たとえば、高崗、饒漱石がいないと大変なことになるのか。いなくてもさしつかえないではないか! トロツキーがいなくても、張国燾がいなくても、陳独秀がいなくてもさしつかえなかったではないか! もっともこれらはみんな悪人である。孔子は遠い背にいなくなった。われわれの中国には共産党があらわれた。それは、どうみても孔子より少しはすぐれているだろう。ご覧のように孔子のいないほうが物事はうまくいっているのだ! それなら善人はどうか。きみがいなくてもかまわない。きみがいないと、地球は回転しなくなるのか。そうではなく、やはり回転しており、事業は同じように進んでいるか、あるいはもっとうまく進むかもしれない。
二種類の人がいる。一つは古株、この席上にも少なくない。この人たちはたいへん年功を積んでいる。もう一つは新生の力、これは若い者である。この二種類の人のなかで、どちらのほうがより希望があるだろうか。周恩来同志もきょうこのことについて話した。もちろん新生の力のほうがより希望がある。一部の同志は、自分が革命の年功を積んでいるからといっておごり高ぶりだしたが、これはあるまじきことである。双方のうち、もし、おごり高ぶるのが許されるならば、それは若い者のほうであろう。四、五十歳以上の人は、年が大きければ経験も多くなるので、より謙虚であるべきだ。若い者がわれわれを見て「この先輩たちはたしかに経験がある。軽く見てはいけない。あんなに謙虚ではないか」といわれるように、たしかに経験があるところをわれわれは示さなければならない。四、五十歳になって多くの経験があるのに、おごり高ぶるようでは、見苦しくはないだろうか。もしこうだと、若い者は、「あなたがたの経験はないにひとしく、子供と同じだ」と取沙汰するだろう。子供に少しばかりおごり高ぶった気持ちがあるのは、まだ当然といえるが、年をとった人は、こんなに多くの経験を積んでいるのだから、おごり高ぶって、尻尾を高く立てるまでもあるまい。ことわざに「尻尾を巻いて人となる」とある。本来人間には尻尾がないのになぜ尻尾を巻けというのだろうか。犬にたとえていえば、尻尾を立てているときもあれば、尻尾を巻いているときもある。きっと、棒などでたたかれたときには尻尾を巻き、手柄でも立てたときには尻尾を立てるのであろう。わたしは、すべての同志が、わけてもふるい同志が尻尾を立てたりせずに、その尻尾を巻いて、おごり高ぶることを戒め、永遠に謙虚と進取の精神を保持するようねがっている。
第六点、「左」よりを戒め、右よりを戒める。「『左』よりは右よりよりもよい」と言う人がいるし、多くの同志もそう言っている。その実、心の中では「右よりは『左』よりよりもよい」と思っている人も多い。だが、このほうは口には出さず、誠実な人だけが口に出す。以上のような二つの意見がある。「左」よりとは向か。時代を超越し、当面の状況を超越すること、政策・方針や行動のうえでは暴走すること、闘争や論争の生じた場合、むやみやたらに闘うこと、これが「左」よりであり、よくないことである。時代から立ちおくれ、当面の状況から立ちおくれ、闘争性の欠如しているのは右よりであり、これもよくないことである。わが党のなかには「左」よりをよしとするものもあり、右よりあるいは中間のうちの右よりをよしとするものも少なくないが、どちらもよくない。われわれは、「左」よりに反対するとともに右よりにも反対するという二つの戦線で闘争をすすめなければならない。
高崗、饒漱石の反党同盟の問題について、わたしは以上のいくつかの意見をのべておくことにする。
四 当面の情勢について
国際情勢、国内情勢、党内情勢、この三つの情勢はどうだろうか。光明の面が優位を占めているのか、それとも暗黒の面が優位を占めているのか。国際、国内、党内のいずれの情勢を問わず、光明の面が優位を占め、暗黒の面が劣位を占めている、ということを確認すべきである。われわれのこの会場においても、同じことがいえる。多くの人が自己批判をしたからといって、暗黒だと思いこんではならない。これらの同志は、おもに自分の欠点や誤りを語ったのであって、自分の長所にはふれておらず、いつ革命に参加したとか、どこで勝ちいくさをやったとか、どこで仕事の成果をあげたとかいったことについては、なにも語っていない。かれらの自己点検だけをみれば、暗黒だということになる。実は、これは一面で、多くの同志にとってみれば、副次的な一面にすぎない。この点は、高崗、饒漱石や張、張、趙、馬、郭の五勇将と異なっている。この連中には、光明の面が優位を占めているという評価は当てはまらない。高崗には光明の面が優位を占めることなどありえようか。かれはすべてが暗黒であり、天地暗くして、日月に光なしである。われわれの同志の場合はそれと異なって、暗黒の面もすこしはあるが、それは石鹸で何回も洗えばきれいに洗い落とせる、というものだ。
突発的な事態にそなえ、反革命の復活にそなえ、高崗・饒漱石事件の再発にそなえなければならない、という問題をなぜ提起するのだろうか。それは、最悪の可能性から出発して考えれば、めったにしてやられることはないからである。どんな仕事であろうと、われわれは最悪の可能性から出発して考え、手筈をととのえなければならない。最悪の事態といっても、どのみち、次のようなことである。帝国主義者が新たな世界大戦をひきおこすこと、蒋介石がまたもや北京でふんぞりかえること、高崗・饒漱石反党同盟のような事件が再発することであり、また一件だけでなく、十件も百件もやってくることである。たとえそんなに多くても、われわれが事前に用意していれば恐ろしくないのである。十件あるとしても、わずか五対にすぎず、われわれはすべてを勘定にいれているので、なにもたいしたことはない。帝国主義がわれわれをおどかすのに使う原爆や水爆も、恐ろしくはない。世の中の事がらは、つねに或る物が他の物を降すのであって、攻める物があれば、それを降す物もあるのである。『封神榜』①を読めばわかるように、「魔法の宝」のうちどれ一つとしてうち破れないものがあろうか。あれほど多くの「魔法の宝」がみなうち破られたのだ。人民に依拠しさえすれば、世界にはうち破れない「魔法の宝」などありはしない、とわれわれは信じている。
五 党の第八回全国代表大会開催の成功をめざしてたたかおう
中央は、一九五六年の後半に党の第八回全国代表大会をひらくことを決定した。大会には次の三つの議題がある。(一)中央委員会の活動報告、(二)党規約の改正、(三)新しい中央委員会の選出。来年七月までに代表選山と文書作成を終えなければならない。これからの一年あまりの期間に、経済、文化・教育、軍事、党務、政治思想、大衆団体、統一戦線、少数民族工作など各分野での活動が大きな前進をとげるよう要望する。
ついでに少数民族工作の問題にふれておこう。大漢民族主義に反対しなければならない。漢族が少数民族を援助しているだけだと思ってはならない。少数民族も漢族を大いに援助している。一部の同志は、いつもわれわれがきみたちを援助してやったのだと吹聴したがり、少数民族がいなくてはだめだということをみていない。わが国の五〇パーセントから六〇パーセントの地域には、どんな人が住んでいるのか。漢族なのか、それともほかのだれなのか。五〇パーセントから六〇パーセントの地域には少数民族が住んでいるのである。そこは物産がゆたかで、あまたの宝物がある。いま、少数民族にたいするわれわれの援助はひじょうに少なく、一部の地域ではまだ援助してはおらず、逆に少数民族が漢族を援助している。一部の少数民族についていえば、われわれがさきにかれらを援助する必要があるのであって、そののちにかれらもわれわれを援助できるようになるのだ。少数民族は政治面で漢族を大きく援助している。かれらが中華民族という大家庭にくわわっていることが、漢族にたいする政治面での援助なのである。少数民族と漢族とが一つに団結していることを、全国人民はこぞって喜んでいる。したがって、少数民族は政治、経済、国防の面で、国家ぜんたい、中華民族ぜんたいに大きな援助をしている。漢族が少数民族を援助しているだけで、少数民族は操族を援助していないという考え方や、少数民族をすこしばかり援助しただけで、もう自分はたいしたものだと思いこむような観点は、まちがっている。
われわれが、この一年間に各分野の活動で大きな前進をとげねばならない、というのは、つまり、すでに暴露された欠点や誤りを是正する必要があるということである。この大会で誓っておきながら、来年、第八回党大会開催の時期になっても、旧態依然として多くの欠点や誤りが存在するようであってはならない。第八回党大会開催のためにたたかうということは、欠点や誤り、たとえば派手ごのみや浪費、大屋根建築様式といったものを、しんけんに、責任をもって是正することなのである。ここで誓っておきながら、各地に帰ると、みんな大の字になって眠ってしまうようなことがあってはならない。
一部の人は、一年か二年に一回このような会議をひらいて、同志間の相互監督をおこなうよう提案しているが、この提案は考慮してもよいと思う。だれがわれわれを監督するのか。互いに監督しあうのはよい方法であり、党と国家の事業を急速に前進させることができる。ゆっくりではなくて、急速に前進させるのだ。党の代表大会は十年間ひらかれなかった。もちろん、はじめの五年間は、兵馬いり乱れた時期であり、また第七回党大会が終わったばかりだったので、ひらくべきではなかった。あとの五年間はひらいてもよかったが、ひらかなかった。ひらかなかったことにもよい点がある。高・饒問題をはっきりさせてからひらくのでなかったら、かれらは第八回党大会に乗じて、さかんにかきまわしたことであろう。いまは、われわれの五ヵ年計画も軌道にのり、過渡期の総路線も提起され、また今回の代表者会議をつうじ、みんなが思想面でいっそう統一するようになって、党の第八回代表大会をひらくための条件がととのえられた。党の第八回代表大会では、一人びとりが自己点検をする必要はないが、われわれの活動のなかの欠点や誤りにたいしては、やはり公然と批判と自己批判をおこなわなければならない。マルクス主義のこの一ヵ条を実行しないのは許されない。
批判は鋭いものでなければならない。今回、一部の批判はあまり鋭くなかったし、つねに人の恨みを買いはしないかと気がねするところがあったと思う。きみがあまり鋭く批判せず、手厳しく突かなければ、相手は痛くないので、その注意を呼びおこせない。名ざしでやり、どこそこの部門ということを指摘すべきである。きみが仕事をりっぱにやらないから、わたしは不満なのだ。きみの恨みを買ったら、買ったまでのことである。人の恨みを買いはしないかと気がねするのは、とりもなおざず選挙の票をうしなうのを気にし、また仕事の面でうまくいっしょにやっていけなくなるのを気にすることにほかならない。きみが投票してくれなければ、わたしは飯の食いあげになるとでもいうのか。そんなことはない。その実、口に出して言い、問題を鋭くテーブルのうえにならべると、かえってうまく付き合えるようになるものだ。角の先を鈍らせてはならない。牛にはなぜ二本の角があるのか。牛に二本の角があるのは、闘争するためであり、一に防御し、二に攻撃するためである。わたしは日頃から同志たちにきみの頭には「角」があるか、とたずねている。同志諸君も自分でさわってみたまえ。どうやら一部の同志には、「角」があり、一部の同志には「角」があるものの、それほど鋭くはなく、また一部の同志にはぜんぜん「角」が生えていない。やはり二本の「角」があるほうがよい、とわたしは思う。なぜなら、それはマルクス主義に合致しているからだ。マルクス主義には批判と自己批判という一ヵ条がある。
したがって、定期的に会議をひらいて、批判と自己批判をおこなうことは、同志間で相互監督をすすめ、党と国家の事業を急速に前進させるよい方法である。各省、各市の党委員会の同志たちに提案するが、諸君もそのようにしてはどうか。諸君は中央に学ぶというではないか。この点は学んでもよいと思う。
最後に、わたしは同志諸君に、また全党の同志諸君に次のことをよびかけたい――
一九五六年の見の第八回全国代表大会開催の成功をめざしてたたかおう!
第一次五ヵ年計画を成功裏に達成するためにたたかおう!
訳注
① 『封神榜』、つまり『封神演義』は、殷(商)と周とのたたかいの歴史を背景にした神話小説である。双方が、ともに「魔法の宝」を武器としてたたかい、一方がある種の「魔法の宝」でうち勝つと、つぎには、敗者にたのまれた新しい相手の、もっと威力のある「魔法の宝」にうち破られてしまう。