蔵書 › 毛沢東選集 第五巻 › 社会主義革命と社会主義建設の時期(一)
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人民内部の矛盾を正しく処理する問題について
(一九五七年二月二十七日)
これは、毛沢東同志が最高国務会議第十一回(拡大)会議でおこなった講話である。その後、毛沢東同志は、当時の記録にもとづいて整理し、いくらかの補足をおこなって、一九五七年六月十九日の『人民日報』に発表した。
人民内部の矛盾を正しく処理する問題について――これが全体の題目である。叙述の便宜上、十二の小さな題目にわける。ここでは敵味方の矛盾の問題にもふれるが、重点は人民内部の矛盾の問題を討議することにある。
一 性質の異なった二種類の矛盾
わが国はいま、これまでになく統一されている。ブルジョア民主主義革命と社会主義革命の勝利、そして社会主義建設の成果は、ふるい中国の姿を急速に変えた。祖国のいっそうすばらしい将来が、われわれの目の前にひらけている。国家の分裂と混乱という人民の忌みきらっていた状悪は、永遠に過去のものとなった。わが国の六億の人民は、労働者階級と共産党の指導のもとに、一致団結して、偉大な社会主義建設をすすめている。国家の統一、人民の団結、国内諸民族の団結、これは、われわれの事業がかならず勝利するための基本的な保証である。だが、このことは、われわれの社会にはもはやどのような矛盾もなくなったということを意味するものではない。矛盾がないという考え方は、客観的実際にあわない無邪気な考え方である。われわれの前には二種類の社会的矛盾、つまり、敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾がある。これは、性質のまったく異なった二種類の矛盾である。
敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾というこの二種類の異なった矛盾を正しく認識するためには、まず、人民とはなにか、敵とはなにかをはっきりさせなければならない。人民という概念は、異なった国家と、それぞれの国家の異なった歴史的時期において、異なった内容をもっている。わが国の状況についていえば、抗日戦争の時期には、日本帝国主義とたたかうすべての階級、階層、社会集団はみな人民の範囲に属し、日本帝国主義、民族の裏切り者、親日派はみな人民の敵であった。解放戦争の時期には、アメリカ帝国主義とその手先である官僚ブルジョア階級、地主階級およびこれらの階級を代表する国民党反動派はみな人民の敵であり、これらの敵に反対するすべての階級、階層、社会集団はみな人民の範囲に属していた。現段階、すなわち社会主義建設の時期には、社会主義建設の事業に賛成し、これを支持し、これに参加するすべての階級、階層、社会集団はみな人民の範囲に属し、社会主義革命に反抗し、社会主義建設を敵視し、これを破壊するすべての社会勢力、社会集団はみな人民の敵である。
敵味方のあいだの矛盾は敵対性の矛盾である。人民内部の矛盾は、勤労人民のあいだでは非敵対性のものであり、被搾取階級と搾取階級とのあいだでは、敵対性の一面のほかに、非敵対性の一面もある。人民内部の矛盾は、いまはじめてあらわれたものではないが、革命の各時期と社会主義建設の時期では異なった内容をもっている。わが国の現在の条件のもとでは、いわゆる人民内部の矛盾には、労働者階級内部の矛盾、農民階級内部の矛盾、知識分子内部の矛盾、労働者階級と農民階級とのあいだの矛盾、労働者・農民と知識分子とのあいだの矛盾、労働者階級およびその他の勤労人民と民族ブルジョア階級とのあいだの矛盾、民族ブルジョア階級内部の矛盾などがふくまれる。われわれの人民政府は、真に人民の利益を代表する政府であり、人民に奉仕する政府であるが、この政府と人民大衆とのあいだにも一定の矛盾がある。こうした矛盾には、国家の利益、集団の利益と個人の利益とのあいだの矛盾、民主と集中との矛盾、指導と被指導とのあいだの矛盾、国家機関の一部要員の官僚主義的作風と大衆とのあいだの矛盾がふくまれる。こうした矛盾も、人民内部の矛盾である。一般的にいえば、人民内部の矛盾は、人民の利益の根本的一致を土台とする矛盾である。
わが国では、労働者階級と民族ブルジョア階級との矛盾は、人民内部の矛盾に屈する。労働者階級と民族ブルジョア階級との階級闘争が、一般に、人民内部の階級闘争に属するのは、わが国の民族ブルジョア階級が二面性をもっているからである。ブルジョア民主主義革命の時期には、民族ブルジョア階級は革命性の一面をもっとともに、妥協性の一面ももっていた。社会主義革命の時期には、かれらは労働者階級を搾取して利潤を手にいれるという一面をもっとともに、憲法を擁護し、社会主義的改造をうけいれようとする一面ももっている。民族ブルジョア階級は、帝国主義、地主階級、官僚ブルジョア階級とは異なっている。労働者階級と民族ブルジョア階級とのあいだには搾取と被搾取との矛盾が存在しており、これはもともと敵対性の矛盾である。しかし、わが国の具体的条件のもとでは、この二つの階級の敵対性の矛盾は、もしも適切に処理すれば、非敵対性の矛盾に転化することができ、平和的な方法によってこの矛盾を解決することができる。もしも、われわれが適切に処理せず、民族ブルジョア階級にたいして団結・批判・教育の政策をとらなかったり、あるいは民族ブルジョア階級がわれわれのこの政策をうけいれなかったりすれば、労働者階級と民族ブルジョア階級とのあいだの矛盾は敵味方のあいだの矛盾に変わることになる。
敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾というこの二種類の矛盾は、性質が異なっており、解決の方法も異なっている。簡単にいえば、前者は敵味方をはっきり見わける問題であり、後者は是非をはっきり見わける問題である。もちろん、敵味方の問題も一種の是非の問題である。たとえば、われわれと、帝国主義、封建主義、官僚資本主義という内外の反動派とでは、いったいどちらが正しく、どちらが正しくないのかということも、やはり是非の問題である。しかし、これは人民内部の問題とは性質の異なった別の種類の是非の問題である。
われわれの国家は、労働者階級が指導する、労農同盟を基礎とした人民民主主義独裁の国家である。この独裁はなにをするものなのか。独裁の第一の機能は、国内の反動階級、反動派、および社会主義革命に反抗する搾取者を抑圧し、社会主義建設を破壊するものを抑圧することである。それはつまり、国内の敵味方のあいだの矛盾を解決するためのものである。たとえば、一部の反革命分子を逮捕し、かれらに刑罰をくわえること、地主階級分子や官僚ブルジョア分子にたいして、ある期間、選挙権をあたえず、かれらに言論発表の自由権をあたえないことなどはみな、独裁の範囲に属する。社会の秩序と広範な人民の利益をまもるためには、窃盗犯、詐欺犯、殺人・放火犯、ごろつきの一味、社会の秩序をひどくみだすさまざまな悪質分子にたいしても、独裁をおこなわなければならない。独裁には、さらに第二の機能がある。それは国外の敵の転覆活動や、しかけてくるかもしれない侵略を防ぐことである。このような事態があらわれたばあい、独裁は、対外的に敵味方のあいだの矛盾を解決する任務を負う。独裁の目的は、全人民の平和な労働をまもり、わが国を現代的工業、現代的農業、現代的科学・文化をそなえた社会主義国にきずきあげることである。だれが独裁をおこなうのか。もちろん、労働者階級とその指導のもとにある人民である。独裁の制度は人民の内部には適用されない。人民が自分自身にたいして独裁をおこなってはならず、一部の人民が他の一部の人民を抑圧するようなことがあってはならない。人民のなかの法にそむいたものも法律による制裁をうけなければならないが、これは人民の敵を抑圧する独裁とは原則的なちがいがある。人民の内部では民主集中制を実行する。われわれの憲法は、中華人民共和国の公民は言論、出版、集会、結社、行進、示威、信仰などの自由をもつ、と規定している。われわれの憲法はまた、国家機関は民主集中制を実行する、国家機関は人民大衆に依拠しなければならず、国家機関の要員は人民に奉仕しなければならない、と規定している。われわれのこの社会主義的民主主義は、どのようなブルジョア国家にもありえないもっとも広範な民主主義である。われわれの独裁は、労働者階級が指導する、労農同盟を基礎とした人民民主主義独裁とよばれる。それはつまり、人民の内部では民主主義制度を実行する一方、労働者階級が、公民権をもつ全人民、まず第一に農民と団結して、反動階級、反動派、および社会主義的改造と社会主義建設に反抗するものにたいし独裁をおこなうということである。公民権をもっということは、政治の面では自由と民主の権利をもつことである。
しかし、この自由は指導のある自由であり、この民主は集中にみちびかれた民主であって、無政府状態ではない。無政府状態は人民の利益と願望に合致しない。
ハンガリー事件がおこったのち、わが国の一部の人はこれをよろこんだ。かれらは、中国でもそのような事件がおこり、なん千、なん万という人が街頭にくりだして、人民政府に反対することをのぞんだ。かれらのこうした希望は、人民大衆の利益にそむくもので、人民大衆の支持をうることができない。ハンガリーの一部の大衆は内外の反革命勢力にだまされ、暴力行為によって人民政府にたちむかうという誤りを犯した結果、国家にも人民にも損失をあたえた。数週間の騒乱が経済面にあたえた損失は、長い時間をかけなければ回復できないようなものであった。わが国のもう一部の人は、ハンガリー問題で動揺をしめしたが、それはかれらが世界の具体的な状況を理解していなかったためである。かれらは、われわれの人民民主主義制度のもとでは自由が少なすぎ、西側の議会民主主義制度ほど自由が多くない、と考えた。かれらは、一方が与党になれば、他方は野党になるという、西側の二大政党制を実施することを要求した。だが、こうしたいわゆる二大政党制はブルジョア階級の独裁を維持する一つの方法にすぎず、けっして勤労人民の自由権を保障するものではない。実際には、世界には具体的な自由、具体的な民主があるだけで、抽象的な自由、抽象的な民主はない。階級闘争の存在する社会では、搾取階級に勤労人民を搾取する自由があれば、勤労人民には搾取をされずにすむ自由がない。ブルジョア階級に民主があれば、プロレタリア階級と勤労人民には民主がない。一部の資本主義国では共産党の合法的な存在もゆるされてはいるが、それはブルジョア階級の根本的利益をそこなわない範囲にかぎられ、この範囲をこえれば、ゆるされない。抽象的な自由、抽象的な民主を要求する人びとは、民主を目的と考え、手段とはみとめない。民主というものは、ときには目的のように見えるが、実際には、一つの手段にすぎない。マルクス主義は、民主が上部構造に属し、政治という範疇に属することを、われわれに教えている。それは要するに、民主とは経済的土台に奉仕するものだということである。自由も同様である。民主も自由も絶対的なものではなくて、相対的なものであり、どちらも歴史的に発生し、発展するものである。人民の内部では、民主とは集中にたいしていうのであり、自由とは規律にたいしていうのである。これらはいずれも一つの統一体の矛盾する二つの側面であって、矛盾もしていれば、統一もしているのである。われわれは、ある側面を一面的に強調して、他の側面を否定してはならない。人民の内部には、自由がなくてはならないし、規律もなくてはならない。また、民主がなくてはならないし、集中もなくてはならない。こうした民主と集中の統一、自由と規律の統一こそ、われわれの民主集中制なのである。この制度のもとでは、人民は広範な民主と自由を享受するが、同時にまた社会主義の規律によって自分自身を拘束しなければならない。こうした道理は、広範な人民大衆がよくわきまえていることである。
われわれは指導のある自由を主張し、集中にみちびかれた民主を主張するが、これは、いかなる意味においても、人民内部の思想問題、是非を区別する問題を強制的な方法で解決してもよいということではない。行政命令の方法、強制の方法によって思想問題、是非の問題を解決しようとしても、それでは効果がないばかりでなく有害でさえある。われわれは、行政命令によって宗教を消滅することはできず、人びとに宗教を信仰しないよう強制することはできない。人びとに観念論を放棄するよう強制することはできず、人びとにマルクス主義を信じるよう強制することもできない。思想的性質の問題や人民内部の論争問題は、すべて、民主の方法によってのみ解決でき、討論の方法、批判の方法、説得と教育の方法によってのみ解決できるのであって、強制、圧服の方法によって解決することはできない。人民は、効果的に生産をおこない、学習をおこない、秩序だった生活をおくるために、強制をともなういろいろの適切な行政命令をだすよう、自分の政府や生産面の指導者、文化・教育機関の指導者に要求する。このような行政命令がなければ、社会秩序も維持しようがないことは、人びとが常識として知っていることである。これと、説得と教育の方法によって人民内部の矛盾を解決することとは、たがいにおぎない、たすけあう二つの側面である。社会秩序を維持する目的で出される行政命令も、やはり、説得と教育をともなわなければならず、行政命令だけにたよっていては、うまくいかないばあいが多い。
一九四二年、われわれは人民内部の矛盾を解決するこうした民主の方法を、「団結――批判――団結」という公式に具体化した。すこし詳しくいうと、団結の願いから出発し、批判または闘争をつうじて矛盾を解決し、これによって、あたらしい基礎のうえであたらしい団結に達するということである。われわれの経験によれば、これは人民内部の矛盾を解決する正しい方法である。一九四二年、われわれは共産党内部の矛盾、すなわち教条主義者と広範な党員大衆とのあいだの矛盾、教条主義思想とマルクス主義思想とのあいだの矛盾を解決するためにこの方法をとった。「左」翼教条主義者がかつてとった党内闘争の方法は、「無慈悲な闘争、容赦のない打撃」というものであった。これはまちがった方法である。われわれは「左」翼教条主義を批判したとき、こうしたふるい方法はとらず、あたらしい方法、すなわち、団結の願いから出発し、批判または闘争をつうじて是非をあきらかにし、あたらしい基礎のうえであたらしい団結に達するという方法をとった。これが一九四二年の整風運動のときにとった方法である。数年を経て、一九四五年に中国共産党が第七回全国代表大会をひらいたとき、はたして全党の団結という目的が達せられ、それによって人民革命の偉大な勝利がかちとられた。ここでは、なによりもまず、団結の願いから出発することが必要である。なぜなら、団結しようという願いがなければ、いったん闘争となると、どうしても事態が混乱し、収拾がつかなくなるからである。そうなっては、それこそ「無慈悲な闘争、容赦のない打撃」となるではないか。そうなっては、どこに党の団結などがあるだろうか。この経験から、われわれは、団結――批判――団結という公式をさがしあてた。それはまた、前の誤りを後のいましめとし、病をなおして人を救う、ということでもある。われわれはこの方法を党外にもおしひろめた。われわれは、各抗日根拠地で指導部と大衆との関係を処理するばあいにも、軍隊と人民との関係、将校と兵士との関係、いくつかの部隊の相互関係、いくつかの方面の幹部の相互関係を処理するばあいにも、すべてこの方法をとり、大きな成功をおさめた。この問題については、われわれの党の歴史をもっと遠くさかのぼることもできる。われわれは、一九二七年に南方で革命の軍隊と革命根拠地を創設したときから、党と大衆との関係、軍隊と人民との関係、将校と兵士との関係、その他の人民内部の関係を処理するうえで、いずれもこの方法をとってきた。ただ、われわれがいっそう自覚的な基礎のうえにこの方法をうちたてたのは、抗日戦争の時期になってからである。全国が解放されたのち、われわれは民主政党と工商業界にたいしても、「団結――批判――団結」という方法をとった。われわれの現在の任務は、人民内部全体にわたってこの方法をひきつづきおしひろめ、いっそうりっぱに運用することであり、あらゆる工場、協同組合、商店、学校、機関、団体、つまり六億の人びとがすべてこの方法をとって、かれらの内部の矛盾を解決するよう要求することである。
一般的な状況のもとでは、人民内部の矛盾は敵対性のものではない。しかし、それを適切に処理しなかったり、警戒心をうしなって油断していたりすると、敵対が生ずることもありうる。こうした状況は、社会主義国では、ふつう局部的、一時的な現象にすぎない。それは、社会主義国では人が人を搾取する制度が消滅され、人民の利益が根本的に一致しているからである。ハンガリー事件にみられた、あのようなかなり広範囲の敵対的行動は、内外の反革命的要因が作用した結果である。これは特殊な、しかも一時的な現象である。社会主義国内部の反動派と帝国主義者はたがいに結託し、かれらの陰謀を実現するために人民内部の矛盾を利用して、離間挑発をはかり、波らんをまきおこす。ハンガリー事件のこのような教訓には、みんなが注意をはらわなければならない。
多くの人は、民主の方法によって人民内部の矛盾を解決するという問題の提起を、あたらしい問題のようにおもっている。事実はけっしてそうではない。マルクス主義者は、一貫して、プロレタリア階級の事業は人民大衆に依拠するほかはない、共産党員は勤労人民のなかで活動するばあい、民主的な説得と教育の方法をとるべきで、命令主義的な態度や強制的な手段をとることはぜったいにゆるされない、と考えてきた。中国共産党は、マルクス・レーニン主義のこの原則を忠実にまもっている。われわれは、これまで人民民主主義独裁のもとで、敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾という性質の異なった二種類の矛盾を解決するのに、独裁と民主という二つの異なった方法をとることを主張してきた。こうした考えは、わが党のこれまでの多くの文献や、党の多くの責任者の言論のなかでくりかえしのべられている。わたしは、一九四九年に書いた『人民民主主義独裁について』のなかで、「人民内部における民主の面と反動派にたいする独裁の面が結びついたものが人民民主主義独裁である」、人民内部の問題を解決するにあたって「もちいる方法は、民主の方法つまり説得の方法であって、強制の方法ではない」とのべたことがある。わたしはまた、一九五〇年六月の政治協商会議第二回会議における講話のなかでも、「人民民主主義独裁には二つの方法がある。敵にたいしては独裁の方法をとる。つまり、必要な期間、かれらを政治活動に参加させず、かれらを人民政府の法律にしたがうよう強制し、労働するよう強制するとともに、労働をつうじて新しい人間に改造するのである。人民にたいしては逆で、強制の方法はとらず、民主の方法をとる。つまり、かれらを政治活動に参加させるべきで、ああしろ、こうしろと強制するのではなく、民主の方法によって、かれらにたいし教育と説得をおこなうのである。こうした教育活動は、人民内部の自己教育の活動であり、批判と自己批判の方法こそ自己教育の基本的な方法である」とのべた。これまでわれわれは、民主の方法で人民内部の矛盾を解決するという問題について、すでに何度ものべてきたし、活動のなかでも基本的にそのようにしてきており、多くの幹部と人民は実際のなかでこの問題を理解している。ところがなぜ、いまになってまた、これをあたらしい問題のようにおもう人がいるのだろうか。それは以前、国内国外の敵味方の闘争がひじょうにはげしかったため、人民内部の矛盾がこんにちほど人びとの注意をひかなかったからである。
多くの人は、敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾というこの性質の異なった二種類の矛盾をはっきり区別することができず、とかく混同しがちである。この二種類の矛盾がときには混同されやすいことは、みとめなければならない。われわれは、これまでの活動のなかでも、これを混同したことがある。反革命分子を粛清する活動で、よい人を悪い人とみなすような誤りは、以前にもあったし、現在もまだある。われわれの誤りが拡大しなかったのは、われわれが政策のなかで、かならず敵味方をはっきり見わけ、まちがった決定があったらそれを破棄するよう、規定したからである。
マルクス主義の哲学は、対立面の統一の法則を宇宙の根本法則とみる。この法則は、自然界、人類社会、人間の思想をとわず、いずれにも普遍的に存在するものである。矛盾する対立面は、統一もしていれば、闘争もしており、それによって事物の運動と変化が推進される。矛盾は普遍的に存在するのであり、ただ事物の性質のちがいによって、矛盾の性質もちがってくるのである。いかなる具体的事物についても、対立面の統一は条件的、一時的、過渡的であり、したがって相対的であるが、対立面の闘争は絶対的である。この法則については、レーニンがひじょうにはっきりとのべている。わが国でも、この法則を理解する人がしだいに多くなってきた。しかし、多くの人にとっては、この法則をみとめることと、この法則を応用して問題を観察し問題を処理することとは、まったく別個の事がらである。多くの人は、わが国の人民の内部にはまだ矛盾が存在しており、これらの矛盾こそがわれわれの社会の発展を推進しているのだ、ということを公然とみとめる勇気がない。多くの人は、社会主義社会にもまだ矛盾があることをみとめず、そのために、社会的矛盾に出あうとおずおずして、受け身の立場におちいってしまう。かれらは、矛盾をたえず正しく処理し解決する過程で、社会主義社会の内部の統一と団結が日ましに強化されていくことを理解していない。そのため、わが国の人民、まず幹部にこのことを説明して、人びとが社会主義社会の矛盾を認識し、また、正しい方法でこうした矛盾を処理できるよう、みちびいていく必要がある。
社会主義社会の矛盾は、旧社会の矛盾、たとえば資本主義社会の矛盾とは根本的に異なったものである。資本主義社会の矛盾は、はげしい敵対と衝突となってあるわれ、はげしい階級闘争となってあらわれる。この矛盾は資本主義制度そのものによっては解決されず、社会主義革命によってのみ解決される。社会主義社会の矛盾は、これとは異なり、まったく逆であって、敵対性の矛盾ではなく、社会主義制度そのものをつうじて、たえず解決されていくのである。
社会主義社会においても、基本的な矛盾は、やはり生産関係と生産力とのあいだの矛盾、上部構造と経済的土台とのあいだの矛盾である。ただ、社会主義社会におけるこれらの矛盾は、その性質と状況が旧社会における生産関係と生産力との矛盾、上部構造と経済的土台との矛盾とは、根本的に異なっているのである。わが国の現在の社会制度は、旧時代の社会制度にくらべて、はるかにすぐれている。すぐれていなければ、旧制度がくつがえされるはずはなかったし、新制度がうちたてられることはありえなかっただろう。社会主義の生産関係が旧時代の生産関係にくらべて、よりよく生産力発展の性質に照応することができるというのは、それが旧社会にはみられなかった速さで生産力の急速な発展をゆるし、したがって、生産をたえず拡大し、それによって、人民のたえず増大する需要をしだいにみたしていくことができる、という状況をさすのである。帝国主義、封建主義、官僚資本士義の支配のもとにあった旧中国は、一貫して生産力の発展がひじょうに緩慢であった。解放前の五十数年間、東北地方をのぞいて、全国の鋼鉄生産高は終始数万トンどまりであり、東北地方をいれても、全国の最高年産高は九十数万トンにすぎなかった。一九四九年には、全国の鋼鉄生産高はわずか十数万トンであった。ところが、全国が解放されて七年しかたたないのに、鋼鉄生産高は四百数十万トンに達している。旧中国には、機械工業がほとんどなく、自動車工業や航空機工業はなおさらなかったが、いまでは、これらがみな建設されている。人民が帝国主義、封建主義、官僚資本主義の支配をくつがえしたのち、中国はどこへいくのか。資本主義へか、それとも社会主義へか。この問題については、考え方のはっきりしない人がたくさんいた。事実はすでにこの問題に回答をあたえている。中国を救えるのは社会主義だけである、と。社会主義制度はわが国の生産力の飛躍的な発展を促進しており、国外の敵でさえこの点をみとめないわけにはいかなくなっている。
しかし、わが国の社会主義制度は、まだうちたてられたばかりで、まだ完全にはできあがっておらず、まだ完全にはかたまっていない。工商業の公私合営企業では、資本家がまだ定額利子をとっている、つまり、まだ搾取が存在している。所有制の点からいえば、こうした企業はまだ完全に社会主義的な性質のものではない。農業生産協同組合、手工業生産協同組合も、一部はまだ半社会主義的な性質のものであり、完全に社会主義化された協同組合でも、所有制にかんするいくつかの問題は、さらにひきつづき解決していく必要がある。各経済部門における生産と交換の相互関係については、いまなお、社会主義の原則にもとづいて一歩一歩うちたてており、比較的適切な形態を一歩一歩さがしもとめているところである。全人民的所有制の経済と集団的所有制の経済の内部においても、この二つの社会主義的経済形態のあいだにおいても、蓄積と消費の配分の問題は複雑な問題であり、完全に合理的な解決を一挙におこなうのはやはり容易なことではない。要するに、社会主義の生産関係はすでに確立されて、生産力の発展とは照応しあっているが、それはまだひじょうに不完全であり、これらの不完全な面と生産力の発展とは、これまた矛盾しあっているのである。生産関係と生産力の発展とのこうした照応しながらも矛盾しあっている状況のほかに、なお上部構造と経済的土台との照応しながらも矛盾しあっている状況がある。人民民主主義独裁の国家制度と法律、マルクス・レーニン主義にみちびかれる社会主義的イデオロギー、これらの上部構造は、わが国の社会主義的改造の勝利と社会主義的労働組織の確立にたいして、積極的な推進作用をはたしており、社会主義の経済的土台、すなわち社会主義の生産関係とは照応しあっている。しかし、プルジョア・イデオロギーの存在、国家機構における若干の官僚主義的作風の存在、国家制度のいくつかの環における欠陥の存在は、また社会主義の経済的土台と矛盾しあっている。われわれは、今後、具体的な状況にもとづいて、上にのべたいくつかの矛盾をひきつづき解決していかなければならない。もちろん、これらの矛盾を解決したのちにも、またあたるしい問題があらわれてくる。あたらしい矛盾は、また解決していかなければならない。たとえば、客観的に長期にわたって存在する社会的生産と社会的需要とのあいだの矛盾は、たえず国家計画をつうじて調整していかなければならない。わが国では、毎年一度、経済計画をたて、蓄積と消費との適切な比率をざだめて、生産と需要との均衡をはかっている。いわゆる均衡とは、矛盾の一時的、相対的な統一のことである。一年たつと、全体としては、こうした均衡は矛盾の闘争によってうちやぶられ、こうした統一は変化をおこして、均衡が不均衡になり、統一が不統一になり、またしてもつぎの年の均衡と統一をはかることが必要となる。これがわれわれの計画経済の優越性である。実際には、こうした均衡と統一は、月ごと、四半期ごとに局部的にうちやぶられるので、局部的に調整する必要がある。ときには、主観的処置が客観的状況に合致しないために矛盾が生じて、均衡が破れることもある。これを、誤りを犯したというのである。矛盾はたえず発生し、またたえず解決される。これが事物の発展の弁証法的法則である。
現在の状況は、つぎのとおりである。革命の時期における大規模な、あらしのような大衆的階級闘争は基本的に終わりをつげたが、階級闘争はまだ完全には終わっていない。広範な大衆は、一面ではあたらしい制度を歓迎しているが、他面ではまだあまりなじめないものを感じている。政府の工作要員の経験もまだそれほどゆたかではなく、いくつかの具体的政策の問題では、ひきつづき検討し、探求していかなければならない。それは、つまり、われわれの社会主義制度がひきつづき確立と強化の過程を必要としており人民大衆もまだこのあたらしい制度になじんでいく過程を必要としており、政府の工作要員も学習し、経験をつんでいく過程を必要としているということである。こうしたとき、われわれが、敵味方の矛盾と人民内部の矛盾という二種類の矛盾を区分する境界線を提起し、人民内部の矛盾を正しく処理する問題を提起することは、今回の各民族人民を結集して、自然界との闘争というあらたな戦争をおこない、われわれの経済を発展させ、文化を発展させ、全人民がこの過渡期を比較的順調にのりこえて、われわれのあたらしい側度をうち固め、われわれのあたらしい国家を建設することができるようにするうえで、きわめて必要である。
二 反革命分子粛清の問題
反革命分子を粛清する問題は、敵味方の矛盾の闘争についての問題である。人民の内部にも、一部には反革命分子粛清の問題について、いくらか異なった見方をもっている人びとがいる。二種類の人びとがわれわれと異なった見解をもっている。右よりの思想の持ち主は、敵味方を区別せず、敵を味方だと考えている。広範な大衆が敵だと考えているものを、かれらはかえって友だと考えている。「左」よりの思想の持ち主は、敵味方の矛盾を拡大して、人民内部の一部の矛盾までも敵味方の矛盾とみなし、もともと反革命でない一部の人をも反革命とみなしている。この二つの見方はともにまちがっており、どちらも反革命分子粛清の問題を正しく処理することができず、われわれの反革命分子粛清工作を正しく評価することもできない。
わが国の反革命分子粛清工作を正しく評価するためには、ハンガリー事件がわが国におよぼした影響を考えてみるのもよい。ハンガリー事件が発生したのち、わが国の一部の知識分子のあいだには多少動揺がみられたが、波らんなどはおこらなかった。それはなぜだろうか。その原因の一つは、われわれがかなり徹底的に反革命分子を粛清してきたことにある、というべきである。
もちろん、われわれの国家が強固なのは、反革命分子の粛清が第一の原因ではない。われわれの国家が強固なのは、まず第一に、われわれには数十年の革命闘争できたえられた共産党と解放軍があり、数十年の革命闘争できたえられた勤労人民がいることによるのである。われわれの党と軍隊は、大衆のなかに根をはっており、長期にわたる革命の烈火のなかできたえあげられており、戦闘力をもっている。われわれの人民共和国は、革命根拠地からしだいに発展してきたのであって、突然うちたてるれたのではない。民主人士の一部も程度の差こそあれ、それぞれ鍛錬をうけており、われわれと苦難をともにしてきた。知識分子の一部は、帝国主義と反動勢力に反対する闘争をつうじてきたえられており、多くのものは、解放後、敵味方のけじめをはっきりさせることを目標とする思想改造をおこなってきた。このほか、われわれの国家が強固なのは、われわれの経済上の措置が根本的に正しいこと、人民の生活が安定し、しかもしだいに改善されていること、民族ブルジョア階級やその他の階級にたいするわれわれの政策も正しいことなどによるのである。しかし、われわれが反革命分子粛清の面でかちとった成功は、疑いもなくわれわれの国家が強固である重要な原因の一つとなっている。こうしたすべての原因によって、わが国の大学生は、非勤労人民の家庭出身のものがまだたくさんいるにもかかわらず、少数の例外をのぞいては、みな愛国的で、みな社会主義を支持しており、ハンガリー事件のさいにも、ぐらつくようなことはなかった。民族ブルジョア階級も同様であった。まして、労働者、農民という基本大衆についてはいうまでもない。
解放後、われわれは一群の反革命分子を粛清した。重大な罪を犯した一部の反革命分子は死刑に処せられた。これはまったく必要なことであり、広範な大衆の要求であり、長期にわたって反革命分子やさまざまな極悪ポスに圧迫されてきた広範な大衆を解放するためであり、いいかえれば、生産力を解放するためであった。われわれがそのようにしなければ、人民大衆は立ちあがれなかっただろう。一九五六年いらい、状況は根本的に変化した。全国的にいえば、反革命分子のおもな勢力はすでに粛清された。われわれの根本的任務は、すでに生産力を解放することから、あたらしい生産関係のもとで生産力をまもり、発展させることへと変わった。一部の人は、われわれのこんにちの政策がこんにちの状況に合致し、過去の政策が過去の状況に合致していたことを理解せず、こんにちの政策を利用して過去の決定をくつがえそうとし、過去の反革命分子粛清工作の大きな成果を否定しようとしているが、これは完全にまちがっており、人民大衆のゆるしえないことである。
われわれの反革命分子粛清工作は、成果が主要なものであったが、誤りもあった。いきすぎもあったし、粛清もれもあった。われわれの方針は、「反革命分子がいれば、かならず粛清し、誤りがあれば、かならず是正する」ことである。反革命分子粛清工作でのわれわれの路線は、大衆による反革命分子粛清の路線である。もちろん、大衆路線をとっても粛清工作のなかで欠陥がうまれることもあるが、しかし、欠陥はわりあい少なくなるし、誤りはわりあい是正しやすくなる。大衆は闘争のなかで経験をつむ。正しくやれば、正しくやったという経験をつむし、誤りを犯せば、誤りを犯したという経験をつむのである。
反革命分子粛清工作のなかの、すでに発見された誤りについては、われわれはすべてこれを是正する措置をとったし、またとりつつある。まだ発見されていないものは、発見されしだい、是正していくつもりである。誤った決定については、その決定を発表した範囲で、これを破棄することを言明しなければならない。わたしは、今年か来年に反革命分子粛清工作を全面的に点検して、経験を総括し、正しい気風を発揚し、よこしまな気風に打撃をあたえるよう提案する。この点検は、中央では全国人民代表大会常務委員会と中国人民政治協商会議常務委員会が主宰し、地方では省、市の人民委員会と政治協商会議委員会が主宰する。点検活動をおこなうさい、われわれは広範な幹部と活動家を援助すべきであって、かれらに冷水をあびせてはならない。広範な幹部と活動家に冷水をあびせるのは正しくない。だが、誤りを発見したら、かならずあらためなければならない。公安部門、検察部門、司法部門、刑務所、労働改造の管理機関はすべて、こうした態度をとるべきである。われわれは、人民代表大会常務委員、政治協商会議委員、人民代表のうち、参加できるものはすべて、この点検に参加するよう希望する。これは、わが国の法制の健全化に役立ち、反革命分子やその他の犯罪分子の正しい処理に役立つであろう。
現在、反革命分子の状況についていえば、反革命分子はまだいるが、しかし多くはない、というこの二句で説明することができる。第一には、反革命分子がまだいるということである。もういなくなった、天下は太平だ、枕を高くして眠れる、という人がある。これは事実にあわない。実際にはまだいるし(もちろん、どの地方、どの部門にもいるというわけではない)、さらにひきつづきかれらと闘争しなければならない。まだ粛清されていないかくれた反革命分子はあきらめはしない、かれらはかならず機に乗じて攪乱する、ということを知っておかなければならない。アメリカ帝国主義者と蒋介石一味は、いまなおたえずわれわれのところへ特務を送りこんで、破壊活動をすすめている。もとからいた反革命分子が粛清されても、また新しい反革命分子があらわれる可能性がある。われわれが警戒心をうしなえば、ひどい目にあい、大きな損矢をこうむるだろう。どこに反革命分子の攪乱があらわれても、断固それを一掃しなければならない。しかし、全国的にいえば、反革命分子はたしかに多くはない。いまもまだ全国にたくさん反革命分子がいるというなら、その見方もやはりまちがっている。こうした判断をうけいれるなら、その結果は、やはり混乱をひきおこすことになる。
三 農業協同化の問題
わが国には五億以上の農業人口があり、農民がどういう状態にあるかは、わが国の経済の発展と国家権力の強化にとってきわめて大きな関係がある。わたしは、その状態は根本的によいとおもう。協同化がなしとげられたので、わが国における社会主義的工業化と個人経営の農業経済とのあいだの大きな矛盾が解決された。協同化が急速になしとげられたため、欠陥が生ずるのではないかと心配する人もいた。幸いなことに、いくらか欠陥はあっても、大きなものではなく、基本的には健全であった。農民は生産に意気ごんでおり、昨年の水害・干害・風害は過去数年のどの年よりもひどかったにもかかわらず、全国の食糧は依然として増産をみた。ところが、いま一部の人は、協同化はだめだ、協同化には優越性がないといって、小さな台風をまきおこしている。協同化にははたして優越性がないのだろうか。きょう、会議で配布した文書のなかに、河北省遵化県の王国藩協同組合についての資料があるので、読んでみるとよい。この協同組合があるところは山地で、昔からひじょうに貧しく、毎年人民政府の食糧援助にたよっていた。一九五三年に組合がつくられたときには、人びとから「すかんぴん組合」とよばれた。四年にわたる刻苦奮闘のなかで、年ごとによくなり、組合員の圧倒的多数が余剰食糧をもつ農家になった。王国藩協同組合にやれたことは、ほかの組合でも、ふつうの状況のもとではやれるはずであり、あるいはすこしぐらい時間がかかってもやれるはずである。このことからもわかるように、協同化がよくないという論議には根拠がないのである。
また、このことから、協同組合はかならず刻苦奮闘のなかでつくっていかなければならないということもわかる。どのような新生の事物も、それが成長するには、みな困難や曲折を経なければならない。社会主義の事業のなかで、困難や曲折を経ず、大きな努力をはらわずに、いつも順風に乗って、たやすく成功をおさめられるとおもうなら、そうした考え方は幻想にすぎない。協同組合を積極的に支持しているのはどういう人たちだろうか。それは圧倒的多数の貧農と下層中農であり、かれらは農村人口の七〇パーセント以上を占めている。その他のものも、大多数は協同組合に期待をかけている。ほんとうに不満におもっているのはごく少数にすぎない。多くの人は、このような状況を分析せず、協同組合の成果と欠陥、および欠陥の生じた根源について、全面的な検討をくわえず、局部や一面を全体とみなした。こうして、一部の人びとのあいだに、協同組合には優越性がないなどという小さな台風がまきおこされたのである。
協同組合が強固になるには、また協同組合には優越性がないという議論がおさまるには、どれだけの時間がかかるだろうか。多くの協同組合の発展の経験によれば、おおよそ五年、あるいはもうすこし長い時間が必要である。現在、全国の大多数の協同組合は、まだ一年あまりの歴史しかないのだから、そんなにりっぱなものを要求するのは、むりである。わたしの見るところでは、第一次五ヵ年計画の期間に協同組合がつくられ、第二次五ヵ年計画の期間にそれが強固になれば、それでけっこうだとおもう。
協同組合は、いま、一歩一歩と強固になっていく過程にある。そこには、まだ解決しなければならない矛盾がいくらか残っている。たとえば、国家と協同組合とのあいだ、協同組合の内部、協同組合と協同組合とのあいだには、それぞれ、解決しなければならない矛盾がいくらかある。われわれは、生産の問題と分配の問題をっうじて上述の矛盾を処理するよう、つねに心がけなければならない。生産の問題では、一方において、協同組合経済は、国家の統一的な経済計画の指導にしたがうとともに、国家の統一的な計画や政策・法令にそむかない範囲で自分自身の一定の弾力性と自主性をたもつようにし、他方において、協同組合に加入しているそれぞれの家庭は、自留地やその他の一部の個人経営経済については自分で適当な計画をたててもよいが、それ以外はすべて協同組合または生産隊の全般的な計画にしたがうようにする。分配の問題では、われわれは国家の利益、集団の利益、個人の利益をあわせて考慮しなければならない。国家の税収、協同組合の蓄積、農民の個人収入というこの三方面の関係については、これを適切に処理し、つねにそのあいだの矛盾を調整するよう心がけなければならない。国家も蓄積しなければならないし、組合も蓄積しなければならないが、どちらも多すぎてはならない。われわれは、できるかぎり、平年作のもとでも、農民が増産によって年々個人収入をふやせるようにしなければならない。
多くの人は、農民は苦しいといっているが、こうした見解は正しいだろうか。一面からいえば、正しい。つまり、わが国は百年あまりにわたって帝国主義者とその代理人の抑圧と搾取をうけ、ひじょうに貧しい国になっているので、農民の生活水準が低いだけでなく、労働者や知識分子の生活水準もやはりまだ低い。人民全体の生活水準をしだいに引き上げていくには、数十年の時間をかけ、なみなみならぬ努力をはらう必要がある。こういう意味から「苦しい」というのであれば、それはあたっている。しかし、他の面からいえば、正しくない。つまり、解放後七年のあいだに、労働者の生活だけは改善されたが、農民の生活は改善されていない、というのがそれである。実際には、労働者、農民の生活は、ごく少数の人をのぞいて、みな、いくらかは改善されている。解放後、農民は地主の搾取をうけなくなり、生産は年をおって発展してきた。食糧を例にとると、一九四九年の全国の食糧収穫高は二千百数十億斤にすぎなかったが、一九五六年の食糧収穫高は三千六百数十億斤に達し、干五百億斤ちかくふえている。国家が徴収する農業税は、それほど重いものではなく、年三百余億斤にすぎない。毎年、正常な価格で農民から買い付ける食糧も、五百余億斤にすぎない。両者をあわせて八百数十億斤である。これらの食糧のうち、農村と農村にちかい町に売られるものが半分以上を占めている。これからみても、農民の生活が改善されていないとはいえない。われわれは、今後数年間、食糧の徴収量と買付量をだいたい八百数十億斤の線にすえおくつもりである。そうすることによって、農業を発展させ、協同組合を強化し、いまなお農村に残っている少数の食糧不足農家に二度と食糧を不足させないようにし、工芸・園芸作物を専門につくっている一部の農家をのぞいて、他の農家を残らず余剰食糧をもつ農家または自給できる農家に変え、農村から貧農をなくし、農民全体を中農または中農以上の生活水準に到達させるのである。農民の一人当たり年平均所得と労働者の一人当たり年平均所得とを単純に比較して、一方が低く一方が高いというのは、適当ではない。労働者の労働生産性は農民よりもずっと高く、農民の生活費は都市の労働者よりもずっと少なくてすむのだから、労働者がとくべつに国家から優遇されているとはいえない。少数の労働者や一部の国家機関要員の給料はたしかにいくらか高いので、農民がそれをみて不満におもうのはもっともなことであり、状況を考えあわせて、なんらか適切な調整をくわえることは必要である。
四 工商業者の問題
わが国の社会制度の改革は、農業の協同化と手工業の協同化のほか、私営工商業の公私合宮企業への改造も一九五六年になしとげられた。それがこんなにはやく、順調におこなわれたのは、われわれが労働者階級と民族ブルジョア階級とのあいだの矛盾を人民内部の矛盾として処理したことと密接な関係がある。この階級矛盾は完全に解決されただろうか。まだ、されてはいない。完全に解決するには、さらに相当の時間をかける必要がある。ところが、いま、一部に、資本家はもう労働者とほとんど変わらないほどに改造されており、これ以上改造する必要はない、というものがいる。なかには、資本家は労働者よりもすぐれている、というものさえいる。また、改造の必要があるというなら、なぜ労働者階級は改造をしないのか、というものもいる。こうした議論は正しいだろうか。もちろん、正しくない。
社会主義社会を建設する過程では、だれでもみな改造の必要があり、搾取者も改造の必要があるし、勤労者も改造の必要がある。労働者階級は改造の必要がないなどと、だれがいっただろうか。もちろん、搾取者の改造と勤労者の改造とは、性質の異なった二種類の改造で、これを混同してはならない。労働者階級は、階級闘争や自然界との闘争のなかで社会全体を改造するのであり、同時に、自分を改造していくのである。労働者階級は仕事のなかでたえず学び、一歩一歩と自分の欠点を克服していくべきで、永遠に停止してはならない。われわれ自身についていっても、多くの人は年々いくらかずつ進歩しており、いいかえれば、年々改造されつつある。わたし自身、以前はいろいろな非マルクス主義の思想をもっていたのであって、マルクス主義はあとからうけいれたものである。わたしは書物のうえでマルクス主義をいくらか学んで、いちおう自分の思想を改造したが、おもには、やはり長期にわたる階級闘争のなかで改造してきたのである。しかも、さらにいくらか進歩するには、今後もひきつづき学習していかなければならず、そうしなければ、立ちおくれてしまうだろう。それなのに、資本家がそんなにすぐれていて、もう改造をしなくてもよい、とでもいうのだろうか。
中国のブルジョア階級には、現在もう二面性はなく、一面性しかない、というものがいる。これは事実だろうか。事実ではない。ブルジョア分子は、一面では、すでに公私合宮企業の管理要員になっており、搾取者から、自分の労働で生活する勤労者へと変わっていく転化の過程にあるが、他面では、いまなお公私合営企業のなかで定額利子をとっており、いいかえれば、かれらの搾取の根っこはまだぬけていないのである。かれらはまだ労働者階級の思想・感情や生活習慣からかなりかけはなれたものをもっている。もう二面性がなくなったなどと、どうしていえるだろうか。たとえ、定額利子をとらなくなり、ブルジョア階級というレッテルをはがしてもらったとしても、なお、かなりの時間をかけて、ひきつづき思想改造をすすめていく必要がある。ブルジョア階級にはもう二面性がなくなったと考えるなら、資本家の改造や学習の任務もなくなってしまう。
こうした見解は、工商業者の実情に合致しないだけでなく、大多数の工商業者の願望にも合致しない、というべきである。ここ数年のあいだ、大多数の工商業者はすすんで学習してきたし、いちじるしい進歩もとげてきた。工商業者の徹底的な改造は仕事のなかでなければできるものではなく、かれらは企業のなかで、労働者・職員といっしょに労働し、企業を自己改造の基地とすべきである。しかし、学習をつうじて自分のある種のふるい観点を変えていくのも重要なことである。工商業者の学習は本人の自由意思にもとづくべきである。多くの工商業者は、講習会で数十日間学習して工場へ帰ってくると、労働者大衆や政府代表とのあいだにいっそう多くの共通のことばをもつようになり、いっしょに仕事をしていく条件が改善されるようになった。かれらは自分自身の経験をつうじて、学習をつづけ、自己改造をつづけることが、かれらにとって有益であることを理解している。先にのべたような、学習をする必要はないし、改造をする必要もないという見解は、大多数の工商業者の見解を代表することはできず、少数のものの見解にすぎない。
五 知識分子の問題
わが国の人民内部の矛盾は、知識分子のなかにもあらわれている。かつてふるい社会に奉仕していた数百万の知識分子は、いまではあたらしい社会に奉仕するようになっている。ここには、かれらがどのようにあたらしい社会の要求に適応するのか、また、われわれがどのようにかれらを援助してあたらしい社会の要求に適応させるのか、という問題がある。これも人民内部の矛盾の一つである。
わが国の知識分子の大多数は、これまでの七年間にいちじるしい進歩をとげた。かれらは社会主義制度に賛意を表している。かれらのなかには、いまマルクス主義の学習にはげんでいる人がたくさんいるし、一部にはすでに共産主義者になっている人もいる。これらの人は、いまのところまだ少数ではあるが、しだいにふえつつある。もちろん、知識分子のなかには、いまなお社会主義に疑いをもったり、賛成しなかったりする人もいくらかいるが、これらの人は少数にすぎない。
わが国のなみなみならぬ社会主義建設の事業は、できるだけ多くの知識分子がこれに奉仕することを必要としている。社会主義の事業に奉仕することをほんとうにのぞんでいる知識分子なら、われわれはかれらを信頼し、かれらとの関係を根本的に改善し、かれらが解決を必要としているいろいろな問題を解決できるように援助して、かれらが積極的に自分の才能を発揮できるようにしてやらなければならない。われわれのあいだには、知識分子とうまく団結できず、かれらにたいして角ばった態度をとり、かれらの労働を尊重せず、科学・文化工作のなかの干渉してはならない事がらに不当な干渉をくわえる同志がたくさんいる。こうした欠陥はすべて克服しなければならない。
広範な知識分子は、すでに進歩してきてはいるが、だからといって自己満足をしてはならない。あたらしい社会の要求に十分に適応し、労働者・農民と一致団結するためには、知識分子は、ひきつづき自己を改造し、しだいにブルジョア階級の世界観をすてきって、プロレタリア階級の共産主義的世界観をうちたてなければならない。世界観が変わるということは根本的な転換であって、現在、多くの知識分子はまだこのような転換をなしとげたとはいえない。われわれは、わが国の知識分子がひきつづき前進し、自分の仕事と学習の過程でしだいに共産主義的世界観をうちたて、しだいにマルクス・レーニン主義を身につけ、しだいに労働者、農民と一つにとけあい、途中でたちどまちず、まして後退などしないよう希望する。後退すれば前途がないのである。わが国の社会制度がすでに変化し、ブルジョア思想の経済的土台が基本的になくなったため、大量の知識分子にとっては、世界観を変える必要性があるだけでなく、それを変える可能性もうまれてきた。しかし、世界観を徹底的に変えるにはひじょうに長い時間がかかるので、われわれはしんぼうづよく働きかけるべきであり、あせってはならない。実際には、思想のうえで終始マルクス・レーニン主義をうけいれようとせず、共産主義をうけいれようとしない人はかならずいくらかいるものであって、これらの人にはあまりきびしく要求してはならない。かれらが国家の要求にしたがい、まともな労働をしているかぎり、われわれはかれらに適当な仕事につく機会をあたえるべきである。
知識分子や学生のあいだでは、このところ、思想・政治工作が弱まり、いくらかのよくない傾向がうまれている。一部の人からみれば、政治とか、祖国の前途、人類の理想とかには、まるで関心をよせる必要がないかのようである。マルクス主義は一時もてはやされたが、いまではそれほどもてはやされないかのようである。こうした状況に対処して、いま思想・政治工作を強める必要がある。知識分子といわず、学生といわず、みな学習につとめなければならない。それぞれの専門について学習するほか、思想的にも、政治的にも、なんらかの進歩があるべきで、それには、マルクス主義を学習し、時事や政治を学習する必要がある。正しい政治的観点がなければ、魂がないのとおなじである。これまでの思想改造は必要であったし、積極的な効果をあげた。しかし、やり方がいくらかぞんざいで、一部の人を傷つけた。これはよくないことである。こうした欠陥は、今後避けなければならない。思想・政治工作には、すべての部門がみな責任を負う必要がある。共産党も、青年団も、政府の主管部門もみなこれにとりくまなければならないし、学校の校長、教師はなおさらこれにとりくまなければならない。われわれの教育方針は、教育をうけるものを、徳育、知育、体育のいずれの面でも成長させて、社会主義的自覚をもつ、教養をそなえた勤労者にそだてあげることである。勤倹建国を提唱する必要がある。わが国はいまなおひじょうに貧しい国で、短期間ではこの状態を根本的にあらためることができず、すべては青年と全人民が数十年にわたって、団結して奮闘し、自分たちの両手で富強な国をつくりあげることにかかっているということ、こうしたことをすべての青年に理解させなければならない。社会主義制度の確立は、われわれに理想境への道をきりひらいてくれたが、理想境を実現させるには、やはりわれわれのたゆまぬ労働にたよらなければならない。青年のあいだには、社会主義社会になれば、なにもかもよくなるはずだ、骨を折らずにできあいの幸福な生活がたのしめる、と考えているものがいるが、これは実際にそぐわない考え方である。
六 少数民族の問題
わが国の少数民族は三千数百万人で、全国総人口の六パーセントを占めるにすぎないが、その居住する地域は広大で、全国総面積のほぼ五〇ないし六〇パーセントを占めている。したがって、漢族と少数民族との関係はぜひともよくしていかなければならない。この問題の鍵は大漢民族主義を克服することである。同時に、地方民族主義が存在する少数民族のなかでは、地方民族主義を克服しなければならない。大漢民族主義にしても、地方民族主義にしても、どちらも各民族人民の団結にとって不利であり、これは克服すべき人民内部の矛盾の一つである。この面で、われわれはすでにいくらか仕事をしてきた。大部分の少数民族地区では、民族間の関係が以前にくらべてずっとよくなってきてはいるが、これから解決していかなければならない問題がまだ若干存在している。一部の地区では、大漢民族主義と地方民族主義がどちらも、まだひどく残っており、十分注意をはらわなければならない。各民族人民の数年らいの努力によって、わが国の少数民族地区はほとんどがすでに民主主義的改革と社会主義的改造を基本的になしとげている。西蔵はまだ条件が熟さないので、民主主義的改革をおこなっていない。中央政府と西蔵地方政府との十七ヵ条の協定にもとづいて、社会制度の改革はかならず実行しなければならないが、しかし、いつ実行するかは、西蔵の大多数の人民大衆と指導的な人物が実行してもよいと考えたときにはじめて決定できるのであり、あせってはならない。現在、第二次五ヵ年計画の期間には改革をおこなわないことをすでに決定している。第三次五ヵ年計画の期間に改革をおこなうかどうかは、そのときになって状況をみてから決定する。
七 全般的な配慮と適切な按配
ここで全般的な配慮というのは、六億の人口にたいして全般的な配慮をすることである。われわれは、計画をたて、事をはこび、問題を考えるばあい、いつもわが国には六億の人口があるという点から出発すべきであって、ぜったいにこの点を忘れてはならない。なぜ、このような問題を提起しなければならないのか。わが国には六億の人口があることを、まだ知らない人がいるとでもいうのだろうか。知っていることは知っていても、いざ事をはこぶ段になると、一部の人はこれを忘れてしまい、まるで人が少なければ少ないほどよく、ワクを小さくすれば小さくするほどよいかのようである。このような小ワク主義をいだいている人びとは、つぎのような思想に抵抗を感じている。それは、あらゆる積極的要素を動員し、団結できるすべての人びとと団結し、しかも、消極的な要素をできるかぎり積極的な要素に変えて、社会主義社会の建設という偉大な事業に奉仕させる、という思想である。わたしは、これらの人びとが視野をひろげて、わが国には六億の人口があることをほんとうにみとめ、これが客観的な存在であり、われわれの元手であることをみとめるよう希望する。わが国に人が多いのはよいことであるが、もちろん困難もある。われわれの各分野の建設事業は、すばらしい勢いで発展し、大きな成果をあげているが、社会に大変動がおこっている当面の過渡期にあっては、困難な問題もまだひじょうに多い。発展もあれば、困難もある、これが矛盾である。いかなる矛盾も解決しなければならないだけでなく、また完全に解決することもできる。われわれの方針は、全般的に配慮し、適切に按配することである。食糧問題、自然災害の問題、就職問題、教育問題、知識分子の問題、愛国諸勢力の統一戦線の問題、少数民族の問題、その他さまざまな問題にしても、みな全国人民にたいする全般的配慮の観点から出発して、その時その地の実際に可能な条件について、各方面の人びとと話しあい、いろいろと適切な按配をしていかなければならない。人が多すぎるとか、おくれているとか、事がらが面倒でやりにくいとかといって、放り出してしまうようなことを絶対にしてはならない。わたしがこんなふうにいうのは、すべての人、すべての事がらを政府が一手にひきうけるべきだということだろうか。もちろんそうではない。多くの人、多くの事がらについては、社会団体が方法を講じ、大衆がみずから方法を講じるようにすればよい。かれらはよい方法をたくさん考えだすことができる。このことも全般的な配慮と適切な按配の方針にふくまれており、われわれは社会団体と各地の大衆がそうするよう指導しなければならない。
八 百花斉放、百家争鳴、長期共存、相互監督について
百花斉放、百家争鳴、長期共存、相互監督というこれらのスローガンは、どのようにして提起されたのだろうか。これは、中国の具体的な状況にもとづいて提起されたのであり、社会主義社会にもなおさまざまな矛盾が存在することをみとめたうえで提起されたのであり、経済と文化を急速に発展させなければならないという国家のさし迫った要求から提起されたのである。百花斉放、百家争鳴の方針は、芸術の発展と科学の進歩を促進する方針であり、わが国の社会主義的文化の繁栄を促進する方針である。芸術上の異なった形式や風格は自由に発展させてよいし、科学上の異なった学派は自由に論争させてよい。行政的な手段にうったえて、強制的に一つの風格や一つの学派をおしひろめ、別の風格や別の学派を禁止することは、芸術と科学の発展にとって有害である、とわれわれは考える。芸術と科学における是非の問題は、芸術界と科学界の自由な討論をつうじて解決し、芸術と科学の実践をつうじて解決すべきであって、単純な方法によって解決すべきではない。正しいものとまちがったものを判別するには、多くのばあい、それを検証する時間が必要である。歴史のうえで、あたらしくて正しいものは、はじめのうちは、とかく多数の人からみとめられず、闘争のなかで、曲折を経て発展するよりほかはなかった。正しいもの、よいものであっても、最初は、香り高い花とみとめられず、逆に毒草とみなされることがよくある。コペルニクスの太陽系にかんする学説〔1〕もダーウィンの進化論〔2〕も、かつてはまちがったものとみなされ、苦しい闘争を経たのである。わが国の歴史にも、このような例はたくさんある。旧社会にくるべると、社会主義社会では、新生の事物の成長の条件が、以前とは根本的に異なり、はるかによくなっている。しかし、新生の力をおさえたり、合理的な意見をおさえたりするのは、やはりよくあることである。意識的におさえるのではなくて、ただはっきり見わけがつかないために、新生の事物の成長をさまたげることもある。したがって、科学上、芸術上の是非については、慎重な態度をとり、自由な討論を提唱すべきであって、軽がるしく結論をくだしてはならない。このような態度をとることは、科学と芸術をわりあい順調に発展させるうえで役に立つと、われわれは考える。
マルクス主義も闘争のなかで発展してきたのである。マルクス主義は、はじめのうち、いろいろな攻撃をうけ、毒草とみなされていた。現在も、世界の多くの地域では、ひきつづき攻撃をうけ、なお毒草とみなされている。社会主義国では、マルクス主義の地位は異なっている。だが、社会主義国であっても、やはり非マルクス主義の思想は存在するし、反マルクス主義の思想も存在する。わが国では、社会主義的改造が、所有制の面では基本的になしとげられ、革命の時期における大規模な、あらしのような大衆的階級闘争は基本的に終わりをつげたが、しかし、くつがえされた地主・買弁階級の残存分子はまだ存在しており、ブルジョア階級もまだ存在しており、小ブルジョア階級はやっと改造をはじめたばかりである。階級闘争はまだ終わってはいない。プロレタリア階級とブルジョア階級とのあいだの階級闘争、各政治勢力のあいだの階級闘争、プロレタリア階級とブルジョア階級とのあいだのイデオロギー面での階級闘争は、なお長期にわたる、曲折したたたかいであり、ときにはひじょうに激しいものでさえある。プロレタリア階級は自己の世界観にもとづいて世界を改造しようとするし、ブルジョア階級も自己の世界観にもとづいて世界を改造しようとする。この面では、社会主義と資本主義とのあいだの、どちらが勝ち、どちらが負けるかという問題は、まだほんとうには解決されていない。全人口のなかでも、知識分子のあいだでも、マルクス主義者はやはり少数である。したがって、マルクス主義は、やはり闘争のなかで発展していかなければならない。マルクス主義は闘争のなかではじめて発展できるのであって、過去においても現在においてもそうであるだけでなく、将来においてもかならずそうである。正しいものは、つねに、まちがったものとの闘争の過程で発展してきたのである。真、善、美は、つねに、偽、悪、醜との対比において存在し、それとの闘争のなかで発展するのである。あるまちがったものが人類から普遍的にすてさられ、ある真理が人類から普遍的にうけいれられたときには、いっそうあたらしい真理がまたもやあたらしいまちがった見解と闘争をはじめている。こうした闘争は永遠に終わることがない。これは真理の発展法則であり、もちろん、マルクス主義の発展法則でもある。
わが国では、イデオロギーの面で社会主義と資本主義とのあいだのどちらが勝ち、どちらが負けるかという闘争は、なおかなり長い時間をかけなければ解決することができない。それは、ブルジョア階級や旧社会からきた知識分子の影響がなお長期にわたってわが国に存在し、階級のイデオロギーとしてもなお長期にわたってわが国に存在するからである。こうした情勢について認識がたりなかったり、ぜんぜん認識していなかったりするなら、ひじょうに大きな誤りを犯すことになり、必要な思想闘争をおろそかにすることになる。思想闘争は、他の闘争とはちがって、あらっぽい、強制的な方法をとってはならず、きめのこまかい、道理を説く方法をとるよりほかはない。いま、社会主義は、イデオロギー闘争において、優位に立っている。国家権力の基本的な力は、プロレタリア階級の指導する勤労人民の手中にある。共産党は強大な力ときわめて高い威信をもっている。われわれの活動には、欠陥や誤りがあるとはいえ、われわれが人民に忠実であること、われわれが人民とともに祖国をりっぱに建設する決意と能力をもっていること、われわれがすでに大きな成果をおさめており、今後もひきつづきいっそう大きな成果をおさめるであろうことは、公正な人ならだれでもわかることである。ブルジョア分子や旧社会からきた知識分子の圧倒的多数は愛国的であって、日ごとに発展する社会主義の祖国に奉仕したいとおもっているし、また、社会主義の事業からはなれ、共産党の指導する勤労人民からはなれては、ほかになにもたよるべきものがなく、どのような明るい前途もありえないことを知っている。
人びとは、つぎのようにたずねる。わが国では、マルクス主義はすでに大多数の人から指導思想とみとめられているが、それなち、批判をくわえてはいけないのか、と。もちろん、批判してもよい。マルクス主義は科学的真理であり、批判をおそれない。マルクス主義が批判をおそれたり、批判によってたおされたりするようなら、マルクス主義はなんの役にも立ちはしない。事実、観念論者は、毎日いろいろな形でマルクス主義を批判しているではないか。ブルジョア思想、小ブルジョア思想をいだきつづけながら、あらためようとしない人びとも、いろいろな形でマルクス主義を批判しているではないか。マルクス主義者はどのような人の批判もおそれてはならない。それどころか、マルクス主義者は、人びとの批判のなか、闘争のあらしのなかでこそ、自分をきたえ、自分を成長させ、自分の陣地をひろげるのである。まちがった思想と闘争するのは、ちょうど、種痘をするようなもので、牛痘ワクチンの作用によって身体の免疫力が強まるのとおなじである。温室でそだてられたものは、強い生命力をもつはずがない。百花斉放、百家争鳴の方針を実行すれば、思想界におけるマルクス主義の指導的地位を弱めないばかりか、逆にその地位を強めることになる。
非マルクス主義の思想にたいしては、どのような方針をとるべきだろうか。はっきりした反革命分子や社会主義事業を破壊するものについては、問題は簡単で、かれらの言論の自由をうばえばそれでよい。人民内部のまちがった思想については、事情がちがう。これらの思想を禁止し、これらの思想にどのような発表の機会もあたえないでよいだろうか。もちろん、よくない。人民内部の思想問題や精神界の問題に対処するばあい、簡単な方法で処理したのでは、効果があがらないばかりか、ひじょうに有害でさえある。まちがった意見の発表をゆるさなかったところで、まちがった意見はやはり存在する。他方、正しい意見は、もしも温室でそだてられたもので、風雨にさらされたことがなく、免疫力をもっていなければ、まちがった意見にぶつかったとき、それにうち勝つことができない。したがって、ほんとうに正しい意見を発展させ、まちがった意見を克服し、ほんとうに問題を解決するには、討論の方法、批判の方法、道理を説く方法をとるよりほかはない。
ブルジョア階級、小ブルジョア階級についていえば、その思想はかならず反映されるものである。かれらは政治問題や思想問題で、かならずいろいろな方法をもちいて執拗に自分自身を表現しようとする。かれらに反映させまい、表現させまいとしても、それは不可能である。われわれは、かれらが表現するのを強圧的な方法でおさえつけてはならず、かれらに表現させるべきであり、同時に、かれらが表現したばあい、かれらと議論をたたかわせ、適切な批判をくわえるべきである。疑いもなく、われわれは種々さまざまなまちがった思想を批判しなければならない。批判をくわえず、まちがった思想がいたるところに氾濫するのを見すごし、それらが市場を占領するままにまかせておくのは、もちろんよくない。誤りがあればこれを批判し、毒草があればこれと闘争しなければならない。だが、こうした批判は教条主義的であってはならず、形而上学的な方法をとるのではなく、できるかぎり弁証法的な方法をとるようにすべきである。科学的な分析が必要であり、十分な説得力が必要である。教条主義的な批判では問題を解決することができない。われわれはすべての毒草に反対するが、なにがほんとうの毒草であり、なにがほんとうの香り高い花であるかを慎重な態度で見わけなげれはならない。われわれは、大衆といっしょに香り高い花と毒草とを慎重な態度で見わけることを学びとり、大衆といっしょに正しい方法をもちいて毒草とたたかわなければならない。
われわれは、教条主義を批判すると同時に、修正千義にたいする批判にも心をくばらなければならない。修正主義あるいは右翼日和見主義は、一種のブルジョア思潮であって、教条主義よりもさらに大きな危険性をもっている。修正主義者、右翼日和見主義者も、口先ではマルクス主義をとなえており、けっこう「教条主義」を攻撃している。だが、かれらが攻撃しているものこそ、まさにマルクス主義のもっとも根本的なものである。かれらは、唯物論と弁証法に反対するか、あるいはそれを歪曲し、人民民主主義独裁と共産党の指導に反対するか、あるいはそれを弱めようとし、社会主義的改造と社会主義建設に反対するか、あるいはそれを弱めようとする。わが国の社会主義革命が基本的な勝利をおさめたのちにも、社会の一部には、まだ資本主義制度の復活を夢みるものがおり、かれらは、思想の面をふくむあらゆる面から労働者階級に闘争をしかけてくる。そして、この闘争では、修正主義者こそかれらの最良の助手なのである。
百花斉放、百家争鳴という二つのスローガンは、文字づらからみれば、階級性がなくて、プロレタリア階級が利用することもできれば、ブルジョア階級が利用することもでき、その他の人ぴとが利用することもできる。いわゆる香り高い花と毒草については、どの階級、どの階層、どの社会集団にもそれぞれ独自の見方がある。では、広範な人民大衆の観点からすれば、こんにちわれわれが香り高い花と毒草とを見わける基準は果たしてどのようなものだろうか。わが国人民の政治生活において、われわれの言論や行動の是非をどのように判断すべきだろうか。われわれの考えでは、わが国の憲法の原則にもとづき、わが国の最大多数の人民の意志と、わが国の各政党がこれまで発表してきた共同の政治的主張にもとづいて、その基準を大体つぎのように規定することができる。(一)全国の各民族人民を分裂させるのではなくて、その団結に有利であること。(二)社会主義的改造と社会主義建設に不利ではなくて、社会主義的改造と社会主義建設に有利であること。(三)人民民主主義独裁を破壊したり、弱めたりするのではなくて、この独裁をかためるのに有利であること。(四)民主集中制を破壊したり、弱めたりするのではなくて、この制度をかためるのに有利であること。(五)共産党の指導からはなれたり、これを弱めたりするのではなくて、この指導をかためるのに有利であること。(六)社会主義の国際的団結と全世界の平和を愛する人民の国際的団結をそこなうのではなくて、これらの団結に有利であること。この六ヵ条の基準のうち、もっとも重要なのは社会主義の道と党の指導のニヵ条である。これらの基準を提起するのは、さまざまな問題について、人民の自由な討論をうながすためであって、このような討論をさまたげるためではない。これらの基準に賛成しない人びとも、やはり自分の意見を出して論議することができる。だが、大多数の人びとが明確な基準をもてば、批判と自己批判を正しい道にそっておしすすめることができ、これらの基準によって、人びとの言論と行動が正しいかどうか、はたして香り高い花なのか毒草なのかを見わけることができる。これらは政治的基準である。科学上の論点が正しいかどうか、芸術作品の芸術的水準がどうであるかを見わけるには、もちろん、このほかにそれぞれいくつかの基準が必要である。しかし、この六ヵ条の政治的基準はどのような科学・芸術活動にも適用できるものである。わが国のような社会主義国では、有益な科学・芸術活動で、これらの政治的基準にそむくものが果たしてありうるだろうか。
以上にのべた観点は、いずれも、わが国の具体的な歴史的条件から出発したものである。各社会主義国と各国共産党の状況は、それぞれ異なっている。したがって、われわれは、かれらが中国のやり方をとらなければならないとか、とるべきであるとかは、考えていない。
「長期共存、相互監督」というスローガンも、わが国の具体的な歴史的条件の産物である。このスローガンは、とつぜん提起されたものではなく、すでになん年も検討されてきたものである。長期共存の考えはずいぶん前からあった。昨年になって、社会主義制度が基本的にうちたてられてから、これらのスローガンがはっきり提起されたのである。なぜ、ブルジョア階級、小ブルジョア階級の民主政党に労働者階級の政党との長期共存をさせる必要があるのか。それは、人民を社会主義の事業に結集するため確かに努力し、しかも人民の信頼をかちえている政党であるかぎり、われわれはかれらにたいして長期共存の方針をとらない理由がないからである。わたしは、すでに一九五〇年六月の政治協商会議第二回会議で、つぎのようにいったことがある。「どんな人でも、人民のためにほんとうに力をつくし、人民がまだ困難なときに確かに手をかし、役に立つ事をし、しかも、中途でやめずに、一貫してやり通すのであれば、人民と人民の政府は、その人を見捨てる道理はないし、その人に暮らしをたてる機会と力をつくす機会をあたえないという道理はない。」ここでのべているのは、つまり、各政党が長期に共存できる政治的基礎のことである。共産党と各民主政党との長期共存、これはわれわれの願望であり、われわれの方針でもある。各民主政党が長期に存在していけるかどうかという点になると、これは共産党の側の願望だけではきまらず、さらに、各民主政党自身の態度をみなければならないし、かれらが人民の信頼を得ているかどうかをみなければならない。各政党の相互監督の事実も早くから存在していた。つまり、各政党がたがいに意見を出しあい、批判しあってきたことである。相互監督というのは、もちろん一方的なものではなく、共産党は民主政党を監督することができるし、民主政党も共産党を監督することができるのである。なぜ、民主政党に共産党を監督させる必要があるのか。それは、政党も人間とおなじように、その耳でちがった声を聞くことがひじょうに必要だからである。周知のように、共産党を監督するのは、おもに勤労人民と党員大衆である。しかし、民主政党があれば、われわれにとってもっと有益である。もちろん、各民主政党と共産党がたがいにのべあう意見や批判も、われわれがさきにのべた六ヵ条の政治的基準に合致するという状況のもとで、はじめて相互監督という積極的な役割をはたすことができるのである。したがって、われわれは、各民主政党がいずれも新社会の要求に適応するため、思想改造に心をくばり、共産党との長期共存、相互監督をめざして努力するよう希望する。
九 少数の人が騒ぎをおこす問題について
一九五六年、いくつかのところで少数の労働者や学生がストライキをおこなうという事件がおこった。これらの人が騒ぎをおこした直接の原因としては、いくらかの物質的要求がみたされなかったということもある。これらの要求のうち、一部は解決するのが当然だし、またそれが可能でもあったが、他の一部は不通当であるか、または要求が高すぎて一時的にはまだ解決できないものであった。しかし、騒ぎのおこったもっと重要な要因は、やはり指導の側の官僚主義であった。こうした官僚主義の誤りは、一部は上級機関が責任を負うべきで、なにもかも下部のせいにするわけにはいかない。騒ぎのおこったもう一つの原因は、労働者、学生にたいする思想・政治教育が足りなかったことである。一九五六年には、このほかに、少数の協同組合員が組合で騒ぎをおこした事件があったが、それもやはり指導の側の官僚主義と大衆にたいする教育の足りなかったことがおもな原因であった。
一部の大衆はとかく、目先の、局部的、個人的な利益にとらわれやすく、遠い将来の、全国的、集団的な利益については理解していないか、または、あまり理解していないということ、このことは認めなければならない。少なからぬ青年は、政治的経験と社会生活の経験にとぼしいため、ふるい中国とあたらしい中国をよく比較することができず、わが国の人民がいかに数かずの苦難にみちた闘いを経てはじめて帝国主義と国民党反動派の抑圧からぬけだしたか、また、すばらしい社会主義社会をつくりあげるには、いかに長期の骨身をおしまぬ労働を経なければならないか、を深く理解することが容易でない。したがって、大衆のなかで、生きいきとした、地についた政治教育をたえずおこなうとともに、うまれてくる困難をたえずありのままに説明し、困難を解決する方法をかれらといっしょに検討するようにしなければならない。
われわれは、騒ぎをおこすことには賛成しない。なぜなら、人民内部の矛盾は「団結――批判――団結」の方法によって解決できるのであり、騒ぎをおこせば、どうしても多少の損失をもたらし、社会主義の事業の発展に不利となるからである。わが国の広範な人民大衆は社会主義を支持しており、かれらは、よく規律をまもり、よく道理をわきまえ、けっしていわれもなく騒ぎをおこすようなことはしない、とわれわれは信じている。しかし、これは、わが国にはもう大衆が騒ぎをおこす可能性がないという意味ではない。この問題で、われわれが注意しなければならないのはつぎの点である。(一)騒ぎのおこる原因を根本的になくすために、官僚主義を断固克服し、思想・政治教育を十分に強化し、さまざまな矛盾を適切に処理しなければならない。この点さえ実行すれば、まず騒ぎがおこるようなことはないだろう。(二)われわれの活動の不手ぎわから騒ぎがおこったとすれば、騒ぎをおこした大衆を正しい道へみちびいていき、この騒ぎを活動の改善や幹部と大衆にたいする教育の特殊な手段として利用し、日ごろ解決していない問題を解決するようにしなければならない。騒ぎを処理する過程では、きめのこまかい活動をしなければならず、単純な方法で処理したり、「いい加減にけりをつけ」たりしてはならない。騒ぎをおこした首謀者については、刑法にそむいた者や反革命の現行犯は法律による制裁をくわえるべきであるが、そのほかの者は軽がるしく追放してはならない。わが国のような大きな国では、少数の者が騒ぎをおこしたからといって驚くほどのことはなく、かえってわれわれの官僚主義を克服する助けになるくらいである。
われわれの社会には、少数ではあるが、公共の利益を無視し、横暴にふるまい、凶行をはたらき、法を犯す者もいる。かれらは、われわれの方針を悪用または歪曲し、わざと無理な要求をもちだして大衆を扇動したり、わざとデマをとばしたりして、社会の正常な秩序を破壊するだろう。われわれはこうした者を野放しにしておくことには賛成しない。反対に、法律による必要な制裁をくわえなければならない。こうした者を懲罰することは社会の広範な大衆の要求であり、懲罰しなければ大衆の意志にそむくことになる。
十 悪いことはよいことに変わりうるか
さきにのべたように、われわれの社会では、大衆が騒ぎをおこすのは悪いことで、われわれはこれに賛成しない。しかし、こうした事件がおこれば、われわれはここから教訓を得て、官僚主義を克服し、幹部と大衆を教育することもできる。この点からいえば、悪いこともよいことに変わりうるのである。騒乱には二重性がある。われわれはこの観点ですべての騒乱をみることができる。
ハンガリー事件がよいことでないのは、みんながはっきりと知っている。しかし、それにも二重性がある。ハンガリーの同志たちが事件の発展過程でこれを正しく処理した結果、ハンガリー事件は悪いことからよいことに転化した。現在、ハンガリーは以前よりも強固になっているし、社会主義陣営の諸国もみな教訓を得ている。
同様に、一九五六年の後半におこった反共、反人民の世界的な風潮も、もちろん、悪いことであった。しかし、それは各国の共産党と労働者階級を教育し、きたえたので、よいことに変わったのである。多くの国では、一部の人がこの風潮のなかで党から脱退した。一部の党員が脱党して、党員の数が減ったことは、もちろん、悪いことである。しかし、一面ではよいところもある。そうした動揺分子は活動をつづける気がなくなって、ぬけだしたが、大多数のしっかりした党員は、いっそうよく団結して奮闘できるようになった。それがどうしてよくないのだろうか。
要するに、われわれは、問題を全面的にみることを学びとらなければならず、事物の正面をみるだけでなく、その反面をもみる必要がある。一定の条件のもとでは、悪いものからよい結果がうみだされることもあれば、よいものから悪い結果がうみだされることもある。老子は二千年以上も前に、「禍は福の倚るところ、福は禍の伏するところ」〔3〕といった。日本が中国に攻めこんだのを、日本人は勝利だといった。中国の広大な土地が占領されたのを、中国人は敗北だといった。しかし、中国の敗北には勝利がふくまれており、日本の勝利には敗北がふくまれていた。歴史はこうしたことを立証しているのではないだろうか。
いま、世界各国の人びとのあいだでは、第三次世界大戦がおこるかどうかが論議されている。この問題について、われわれは精神的な準備もしなければならないし、分析もしなければならない。われわれは平和を堅持し、戦争に反対する。だが、帝国主義がどうしても戦争をおこすというのなら、われわれは恐れることもない。この問題にたいするわれわれの態度は、すべての「騒乱」にたいする態度とおなじで、第一には反対し、第二には恐れない、ということである。第一次世界大戦ののちには、ソ連があらわれ、その人口は二億であった。第二次世界大戦ののちには、社会主義陣営があらわれ、その人口はあわせて九億となった。もし帝国主義者がどうしても第三次世界大戦をおこすなら、その結果、かならずさらに幾億かの人口が社会主義の側に移り、帝国主義に残される地盤が少なくなり、帝国主義制度全体が完全に崩壊することもありうる、と断定できる。
矛盾する対立面の双方は、たがいに闘争しあう結果、一定の条件のもとで、みなたがいに転化しあうものである。ここでは、条件が重要である。一定の条件がなければ、闘争しあう双方が転化することはない。世界でいちばん自分の地位を変えたがっているのはプロレタリア階級であり、そのつぎは半プロレタリア階級である。なぜなら、前者はなにももっていないし、後者はもっていても少ないからである。現在、アメリカが国連で多数票をあやつり、世界の多くの地域を支配している状態は、一時的なものにすぎず、この状態はいつかはかならず変化するだろう。中国の、貧しい国としての地位、国際的に権利がないという地位にも変化がおこるはずであり、貧しい国がゆたかな国に、権利のないものが権利をもつものに変わることとなろう。つまり、反対の方向に転化するのである。ここで決定的な条件は、社会主義制度と、一致団結した人民の奮闘である。
十一 節約について
わたしは、ここで節約の問題についてのべてみたい。われわれは大規模な建設をおこなおうとしているが、わが国はまだひじょうに貧しい国であること、これは一つの矛盾である。全面的、持続的に節約を励行することが、この矛盾を解決する一つの方法である。
一九五二年の「三反」運動で、われわれは汚職、浪費、官僚主義に反対し、とくに汚職反対に重点をおいた。一九五五年には、節約を提唱して、非生産面の基本建設で高すぎる基準に反対することと、工業生産で原料を節約することに重点をおき、ひじょうに大きな成果をおさめた。だが、そのころ節約の方針は国民経済の各部門でも、一般の機関、軍隊、学校、人民団体でも、まだしんけんに実行されてはいなかった。ことしは全国各方面で節約を提唱し、浪費に反対することが要求されている。われわれは、建設の仕事では、まだ経験にとぼしい。これまでの数年間に大きな成果もあったが、同時に浪費もあった。われわれは、おいおい一群の大規模で現代的な企業を建設して、これを骨幹にしていかなければならない。この骨幹がなければ、わが国を数十年のうちに現代的工業をもつ強国に変えることはできない。だが、多数の企業についてはそうすべきではなく、中・小規模の企業をより多く建設するとともに、旧社会から残された工業の基礎を十分に利用して、できるだけ節約し、より少ない資金でより多くの仕事をするようにすべきである。昨年十一月、中国共産党中央委員会第二回総会で節約励行、浪費反対の方針がいっそうつよく提起されていらい、ここ数ヵ月のあいだに、すでに効果があらわれはじめている。こんどの節約運動は、徹底的、持続的におこなわなければならない。浪費に反対するのは、他の欠陥や誤りを批判するのと同様、顔を洗うようなものである。人びとはまいにち顔を洗うではないか。中国共産党、民主政党、無党派の民主人士、知識分子、工商業者、労働者、農民、手工業者、要するにわれわれ六億の人びとはみな増産節約を実行し、ぜいたくと浪費に反対すべきである。これには経済的に重要な意義があるだけでなく、政治的にも重要な意義がある。現在、われわれの多くの要員のあいだには、大衆と苦楽をともにすることをのぞまず、個人の名誉や利益をとやかく問題にしたがる危険な傾向があらわれているが、これはひじょうによくないことである。われわれは増産節約運動のなかで、機関の簡素化、幹部の下放によって、かなり多くの幹部を生産面にもどらせるよう要求しているが、これはこうした危険な傾向を克服する一つの方法である。わが国は社会主義の大国ではあるが、また経済的に立ちおくれた貧しい国でもあり、それがひじょうに大きな矛盾であることを、すべての幹部と人民につねに銘記させなければならない。わが国を強大でゆたかな国にするには、節約励行、浪費反対という勤倹建国の方針の実行をもふくめて、数十年にわたる刻苦奮闘の時間が必要である。
十二 中国の工業化の道
ここでのべる工業化の道という問題は、主として、重工業、軽工業、農業の発展の関係についての問題である。わが国の経済建設は重工業を中心とするものであること、この点は確認しておかなければならない。しかし、同時に、農業と軽工業の発展にも、十分注意をはらわなければならない。
わが国は大きな農業国で、農村人口が全国人口の八〇パーセント以上を占めており、工業を発展させるには、同時に農業を発展させなければならない。こうしてこそ、工業は原料と市場を得ることができ、強大な重工業を建設するためにより多くの資金を蓄積することもできるのである。周知のように、軽工業と農業はきわめて密接な関係をもっている。農業がなければ、軽工業はない。重工業が農業を重要な市場としなければならないという点になると、いまのところ、まだ人びとにはっきりとは認識されていない。しかし、農業の技術改革がしだいにすすみ、農業が日ましに現代化されるにつれて、農業のための機械、肥料、水利施設、電力施設、運輸施設、民需の燃料や建築資材などが日ましにふえ、重工業が農業を重要な市場とする状況は、人びとから容易に理解されるようになるだろう。第二次五ヵ年計画と第三次五ヵ年計画の期間に、われわれの農業がいっそう大きく発展し、それにおうじて軽工業がいっそう大きく発展するようになれば、国民経済全体にとってそれだけ有利になるだろう。農業と軽工業が発展すれば、重工業には市場ができ、資金ができて、重工業はいっそう速く発展するだろう。そうなれば、工業化の速度はいくぶんおそいようにみえても、実際にはおそくはならず、あるいは、かえっていくぶん速くなるかもしれない。三つの五ヵ年計画を経るか、あるいはもうすこし時間をかければ、わが国の鋼鉄生産高も、解放前の最高年産高である一九四三年の九十余万トンから、二千万トンにまで発展するか、あるいはもっと多くなるだろう。そうなれば、都市の人も農村の人もみなよろこぶにちがいない。
経済問題について、きょうは、多くのべるつもりはない。経済建設については、これにとりかかってからまだ七年にしかならないので、われわれはなお経験にとぽしく、さらに経験をつまなければならない。革命についても、われわれは最初、やはり経験がなかったのであり、いくども挫折して、経験をつんだのち、はじめて全国的な勝利をおさめたのである。われわれは、経済建設の面で経験を身につけるさい、革命の経験を身につけたときよりもその時間を短くするとともに、あのように高い代価をはらわないようにすべきである。代価というものはどうしても必要だが、ただ革命の時期にはらったような高い代価ははらわないようにしたいものである。この問題には矛盾、つまり、社会主義社会の経済発展の客観的法則とわれわれの主観的認識とのあいだの矛盾があり、これを実践のなかで解決していく必要がある、ということを知らなければならない。この矛盾はまた人と人との矛盾、つまり、客観的法則をわりあい正確に反映する一部の人と、それをわりあい不正確に反映する一部の人とのあいだの矛盾としてもあらわれるだろう。したがって、これもまた人民内部の矛盾である。あらゆる矛盾はすべて客観的に存在するものであり、われわれの任務は、それをできるだけ正確に反映し、解決することにある。
わが国を工業国に変えるためには、われわれはソ連の先進的な経験をしんけんに学ばなければならない。ソ連はすでに四十年間も社会主義の建設をすすめており、その経験はわれわれにとってきわめて貴重なものである。諸君、みたまえ。こんなに多くの重要工場をわれわれのために設計し、その設備を供給してくれたのはだれだろうか。アメリカだろうか、イギリスだろうか、どちらでもない。ソ連だけがそうしてくれたのである。なぜなら、ソ連は社会主義国であり、われわれの同盟国だからである。ソ連のほかに、東欧のいくつかの兄弟国も、われわれに若干の援助をあたえてくれた。社会主義国のものであろうと資本主義国のものであろうと、すべての国のすぐれた経験をわれわれが学ばなければならないことは、まったくそのとおりであって、この点は疑いがない。しかし、主としては、やはりソ連に学ばなければならない。学習には二つの態度がある。一つは教条主義的な態度で、わが国の事情にはおかまいなしに、適用できるものも適用できないものも、いっしょくたにもちこんでくる。こうした態度はよくない。もう一つの態度は、学ぶときに頭をつかって考え、わが国の事情に適したものを学ぶ、すなわち、われわれにとって有益な経験をくみとるのである。われわれに必要なのはこうした態度である。
ソ連との団結をかため、すべての社会主義国との団結をかためることは、われわれの基本方針であり、そこにわれわれの基本的利益がある。さらにまた、アジア・アフリカ諸国および平和を愛するすべての国とすべての人民については、われわれはそれとの団結をかため、発展させなければならない。この二つの勢力との団結があれば、われわれは孤立しない。帝国主義国についていえば、われわれは、やはりそこの人民と団結するとともに、それらの国ぐにと平和的に共存し、いくらか商売をやり、おこるかもしれない戦争を阻止するようにつとめなければならない。しかし、われわれは、けっして、かれらについて実際にそぐわない考えをもつべきではない。
注
〔1〕 コペルニクス (一四七三~一五四三年)は、ポーランドの有名な天文学者である。コペルニクスは、『天体の回転について』という著作のなかで、地球が地軸を中心として自転しつつ、他の惑星とともに、太陽のまわりを回転することを立証して、約二千年らいの天不動説をくつがえした。
〔2〕 ダーウィン(一八〇九~一八八二年)は、イギリスの有名な生物学者である。ダーウィンは、その著作『種の起源』などのなかで、進化論を提起し、生物の起源、変異、発展についての法則をあきらかにした。
〔3〕 『老子』の第五十八章にみられる。