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蔵書 › 毛沢東選集 第五巻 › 社会主義革命と社会主義建設の時期(一)

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党の団結をつよめ、党の伝統を受け継ごう

毛沢東 · 一九五六年八月三十日

縦書きで読む毛沢東選集第五巻

党の団結をつよめ、党の伝統を受け縦ごう

(一九五六年八月三十日)

これは、毛沢東同志が中国共産党第八回全国代表大会予備会議の第一回会議でおこなった演説である。

きょうから、第八回全国代表大会の予備会議をひらく。予備会議は十数日間とするが、そのおもな仕事は、一、大会文書の作成、二、中央委員会の予備選挙、三、大会における発言原稿の準備である。

ここで、わたしはいくつか意見をのべてみたいとおもう。

第一点、大会の目的と主旨について。こんどの大会では、どのような問題を解決し、どのような目的を達成しなければならないのか。概括的にいうならば、それは、第七回党大会いらいの経験を総括し、全党を団結させ、国内国外の団結できるすべての勢力と団結して、偉大な社会主義の中国を建設するために奮闘する、ということである。

経験の総括についていうと、われわれの経験はひじょうに豊富だが、ただ多くの事がらをならべるだけではいけない。重点をつかみ、実際から出発し、マルクス主義の観点に立って総括しなければならない。こうした総括は、われわれ全党にとって、ひとつの推進力となり、われわれの活動を、これまでよりもいっそうよいものにすることだろう。

われわれの党は、偉大な、光栄ある、正しい党である。これは、全世界で広く認められているところである。以前、一部の外国の同志は、中国共産党はいったいどんなことをやっているのか、という疑問をもっていた。多くの人は、民族ブルジョア階級にたいするわれわれの政策を理解していなかったし、また、われわれの整風運動のことも、あまり理解していなかった。わたしの見たところ、いまでは理解している人がいっそう多くなり、一般的には理解しているといってよい。もちろん、一部にはまだ理解していない人もいるだろう。国内でも、はては党内でも、一部には、理解せず、第七回党大会いらいの路線がそれほど正しいとはかぎらない、と考えている人もいるだろう。しかし、事実は歴然としている。われわれは、二つの革命をすすめた。一つは、全国的な政権を奪取するというブルジョア民主主義革命であり、もう一つは、社会主義的改造をおこない、社会主義国を建設するというプロレタリア社会主義革命である。われわれが第七回党大会いらいの十一年間におさめた成果は、ひじょうに大きなもので、これは全国が認めており、全世界が認めており、外国のブルジョア階級でさえ認めざるをえなくなっている。二つの革命は、第七回党大会から現在までの党中央の路線が正しいものであることを立証している。

十月革命はブルジョア階級をくつがえしたが、これは世界における新鮮な出来事であった。この革命について、国際ブルジョア階級の多くは、あたまから罵倒ばとうし、さんざん悪態をついている。ロシアのブルジョア階級は反革命的階級で、当時、かれらは、国家資本主義というものを受けいれず、サボタージュや破壊活動をおこない、武器をとって反抗した。ロシアのプロレタリア階級は、かれらをかたづけてしまうよりほかはなかった。この事が、各国のブルジョア階級の怒りを買い、かれらはののしりだしたのである。われわれのところでは、民族ブルジョア階級にたいして、比較的おだやかに対処しているので、かれらは、わりあい気分がよく、まだいくらかいいところもあると感じている。いま、アイゼンハワーやダレスは、アメリカの記者が中国にくるのを許可していないが、これは、事実上、われわれの政策のこの長所を認めていることである。もし、われわれのところがめちゃくちゃならば、どのみちわれわれをののしる文章を書くのだから、かれらは記者がくるのをさしとめないだろう。かれらがおそれているのは、書きあがった文章が、われわれをののしるだけでなく、いくらかいい点もいうことであって、それでは困るのである。

昔は、中国のことを「老大帝国」「東亜の病夫」などといい、経済、文化ともに立ちおくれ、衛生を重んぜず、球技もだめ、水泳もだめ、女は纒足てんそく、男は辮髪べんぱつ、それに宦官かんがんもおり、お月さまも中国のは大して美しくなく、なんといっても外国の月のほうが澄んでいる、といっていた。一言でいえば、中国には悪いところが多いというのだ。だが、この六年の改革をつうじて、われわれは中国の姿を変えてしまった。われわれの成果は、だれも、これを否定することができない。

われわれの革命事業を指導する中核は、わが党である。今回の大会における経験の総括は、まず全党の団結をより強化するものでなければならない。六月現在、わが党には千七十三万の党員がいる。この千余万の党員にたいして、幅広く教育、説得や団結の面の活動をすすめて、これらの党員が、人民のなかで中核としての役割をよりよく果たすようにしなければならない。ただ党があるというだけではだめで、党は中核なのであり、かならず大衆がいなければならない。工業、農業、商業、文化・教育などの活動をふくむわれわれの具体的な諸活動は、その九〇パーセントが党員によってではなく、非党員によって進められている。したがって、大衆としっかり団結しなければならず、団結できるすべての人と団結し、ともに仕事をしていかなければならない。これまで、全党を団結させる面でも、また党外の人たちと団結する面でも、われわれには多くの欠点があった。われわれは、今回の大会で、また大会後の宣伝・教育活動をつうじて、この面の仕事を大いに改善しなければならない。

国際的には、われわれは、全世界の団結できるすべての勢力と団結しなければならず、まずソ連と団結し、兄弟党、兄弟諸国およびその人民と団結しなければならない。また、平和を愛するすべての国家、人民と団結し、役に立つすべての力を借りるようにしなければならない。今回のわれわれの大会には、五十数ヵ国の共産党の代表が参加するが、これはひじょうによいことである。以前、われわれには、全国的な政権もなく、二つの革命の勝利もなく、建設の成果もなかったが、いまはちがう。外国の同志は、われわれのことをわりあい尊重している。

われわれが、党内党外、国内国外の団結できるすべての勢力と団結する目的はなにか。それは、偉大な社会主義国を建設するためである。われわれのこのような国を形容するには「偉大な」という文字がつかえるし、またこれをつかうべきである。われわれの党は偉大な党であり、われわれの人民は偉大な人民であり、われわれの革命は偉大な革命であり、われわれの建設事業は偉大な建設事業である。地球上で、六億の人口をもつ国は、われわれの国だけである。これまで、われわれが見くびられていたのには、わけがあった。それは、われわれがなんの貢献もしていなかったからで、鋼鉄も一年に数十万トンしか生産できず、それも日本人の手に握られていた。国民党蒋介石は二十二年にわたって独裁をおこなったが、そのあいだ鋼鉄は一年にわずか数万トンしかつくれなかった。われわれはいまもまだ多いとはいえないが、手をつけ始めた。今年は四百万トンあまり、来年は五百万トンを突破し、第二次五ヵ年計画では一千万トンを越し、第三次五ヵ年計画では二千万トンを越すだろう。われわれは、この目標実現のため努力しなければならない。世界には、およそ百を数える国があるが、二千万トン以上の鋼鉄を生産できるのはわずか数ヵ国にすぎない。したがって、われわれの国も建設されていけば、偉大な社会主義国となり、過去百年あまりのああした立ちおくれた状況、人に見くびられた状況、災難つづきの状況は、完全にあらためることができるし、そればかりか世界でいちばん強大な資本主義国、つまりアメリカに追いつくこともできるであろう。アメリカの人口は一億七千万にすぎないが、わが国の人口はそれより数倍多く、資源も豊富で、気候条件も大差がないから、追いつくのは可能である。追いつくべきかどうか。もちろん追いつくべきである。六億の人口は、いったいなにをしているのか。居眠りでもしているのではあるまいか。居眠りをするのが当然なのか、それとも仕事をするのが当然なのか。もし仕事をするのが当然だというならば、むこうは一億七千万の人口で一億トンの鋼鉄を生産しているのだから、六億の人口で、二億トン、三億トンの鋼鉄がつくれないことがあろうか。追いつけないならば、われわれには道理がなく、それほど光栄ではなく、それほどとくに偉大ではないということになる。アメリカは、建国後わずか百八十年しかたっておらず、その鋼鉄の生産も六十年まえにはわずか四百万トンだった。われわれは、アメリカとくらべ六十年立ちおくれているわけだ。五十年、六十年のちには、われわれは当然アメリカを追いこさなければならないのである。これは、われわれの責務である。中国には、こんなに多くの人間がおり、こんなに広い国土があり、こんなに豊富な資源がある。それに社会主義をやっていると聞くし、優越性もあるという話なのに、五、六十年たっても、まだアメリカを追いこせないとあっては、まったく格好がつかないではないか。これでは、地球からその球籍を剥奪はくだつされてしまうだろう! だから、アメリカを追いこすことは、可能であるだけではなく、まったく必要であり、当然なすべきことなのである。もし、そうしなければ、われわれ中華民族は全世界の諸民族に申し訳がたたないし、人類にたいしてあまり貢献していないということになる。

第二点、党の伝統を受け継ぐことについて。今回の大会では、思想面、作風面におけるわが党のすぐれた伝統をひきつづき発揚すべきであり、主観主義、セクト主義という二つのものの一掃にしんけんに取りくむとともに、官僚主義にも反対しなければならない。きょうは官僚主義についてはふれないで、主観主義とセクト主義だけについて話そう。この二つのものは、一掃してもまたあらわれるし、あらわれたならばまた一掃しなければならない。

誤りを犯すというのは、つまりその主観が誤りを犯すのであり、その思想がまちがっているのである。われわれの読んだ、スターリンの誤りを批判した多くの論文は、この問題にふれていないか、あるいはわずかしかふれていない。スターリンは、なぜ誤りを犯したのか。それは、一部の問題で、かれの主観が客観的実際に合致していなかったからである。いま、われわれの活動のなかでも、こうした状況をよく見かける。主観主義とは、客観的実際から出発せず、現実的可能性から出発せずに、主観的願望から出発することである。われわれの今回の大会文書で規定されるもの、述べられるものは、できるかぎり中国の実際に合致するか、それに近いものにしなければならない。同時に、われわれのこれまでの経験にもとづいて、実際に合致しない観点を批判し、この主観主義を批判し、この主観主義に一撃を浴びせなければならない。われわれは、数年前からこの任務をうちだしている。いま、われわれが反対しているのは社会主義革命と社会主義建設のなかでの主観主義である。過去、民主主義革命のさい、われわれはひじょうに長いあいだ主観主義の危害をこうむり、ひじょうにきびしい懲罰を受け、ほとんどすべての根拠地をうしない、革命勢力の九〇パーセント以上をうしなってしまった。このときになってはじめて、われわれは目をひらくようになった。そして、延安での整風をつうじて、調査研究に力をいれ、実際から出発して、はじめてこの問題をはっきりさせることができたのである。マルクス主義の普遍的真理は、かならず中国革命の具体的実践と結びつけなければならず、もし結びつけなければ失敗する。これがつまり、理論と実践を統一させなければならないということである。理論と実践の統一、これはマルクス主義のもっとも基本的な原則である。弁証法的唯物論によれば、思想は客観的実際を反映していなければならず、また客観的実践のなかでの検証によって真理であると実証されたものだけが真理であり、そうでないものは真理といえないのである。この数年のわれわれの活動には成果があったが、主観主義という欠点もいたるところで見うけられた。主観主義は現在だけでなく、将来も存在する。主観主義は永遠に存在し、一万年、一億年、人類が絶滅しないかぎり存在するであろう。主観主義が存在する以上、どうしても誤りを犯すことになる。

もう一つは、セクト主義とよばれるものである。一地方には一地方の全局があり、一国には一国の全局があり、一地球には一地球の全局がある。いまのところ、地球以外についてはふれないでおこう。というのは、まだ航路が通じていないからだ。もし、火星か金星にも人間が発見されたならば、そのときになってから、かれらと団結し、かれらと統一戦線をうちたてる問題について交渉することにしよう。ここで話すのは、党内、国内、全世界の団結の問題である。外国の党や外国の党外の人たちとは、世界平和と人類進歩の事業にいくらかでも役立つかぎり、それがだれであろうと団結すべきだ、というのがわれわれの原則である。まず数十の共産党と団結すべきであり、ソ連と団結すべきである。ソ連でいくらか誤りがおこったので、この面を語りすぎ、とりあげすぎて、こうした誤りをとてつもなく大きなものであるかのようにいうが、このような見方は妥当ではない。いかなる民族であろうと、誤りを犯さないことはありえない。ましてソ連は、世界で最初の社会主義国であり、そのあゆんだ道もあのように長いのだから、誤りがおこらないなど不可能なことである。ソ連でおきた誤り、たとえばスターリンの誤りをどのように位置づけるか。これらの誤りは、局部的な性質のものであり、一時的な性質のものである。事がらによっては二十年もつづいたと聞くが、それにしてもやはり一時的なもの、局部的なものであって、是正することができるものだ。ソ連の主流、主要な面、大多数は正しいものである。ロシアはレーニン主義を生み、十月革命を経て最初の社会主義国となった。そして、社会主義を建設し、ファシストにうち勝ち、強大な工業国となっている。ソ連には、われわれの学ぶものがたくさんある。もちろん、すすんだ経験に学ぶのであって、おくれた経験に学ぶのではない。われわれの一貫したスローガンは、ソ連のすすんだ経験に学ぶというのであって、おくれた経験に学べなどとだれも言ったことはない。一部の人は、ミソもクソも一緒で、ソ連人が屁を放ひってもよい香りだというが、これも主観主義である。ソ連人自身でさえ、臭いといっているではないか! だから、分析が必要なのだ。われわれは、スターリンを功績七分、誤り三分とみるべきだといった。かれらの主要なもの、多くのものはよいものであり、役に立つものであって、一部のものが誤っているのである。われわれにも一部よくないものがあり、われわれ自身もこれを捨てさらなければならないのだから、なおさらのこと他国にはこうした悪いものを学ばせるべきではない。しかし、悪いものも一つの経験だといえるし、大きな役割をはたすこともできる。われわれには、陳独秀、李立三、王明、張国燾、高崗、饒漱石といった連中がおり、かれらは、われわれの教師である。このほかにも、われわれには別の教師がいる。国内についていえば、いちばんよい教師は蒋介石である。われわれには説得できない人でも、蒋介石が教えると納得するのである。蒋介石はどんな方法で教えるのだろうか。かれは、機関銃、大砲、飛行機をつかって教えるのである。このほか、帝国主義という教師もおり、この教師は、われわれ六億の人民を教育した。百年あまりにわたって、いくつかの帝国主義の強国が、われわれを抑圧し、われわれを教育した。したがって、悪いことには、人を教育し、いましめる役割があるのだ。

セクト主義反対について、とくに話しておかなければならないことは、自分と闘争したことのある人とも団結しなければならない、という点である。かれはきみとけんかをしたことがあり、きみをこっぴどくたたき、きみはしてやられ、面目まるつぶれになった。きみはそんなに悪者でもないのに、日和見主義者という「官」にとりたてられてしまったのだ。たたくのが正しければ、たたくべきだし、もともときみが日和見主義ならば、たたいてならないはずはあるまい。ここでわたしがいうのは、まちがってたたいたばあい、まちがって闘争したばあいについてである。もし、たたいた連中が、そのご、態度をあらためて、きみをたたいたのは誤りだったと認め、きみを日和見主義王国の国王にとりたてたのは適切でなかったと認めるならば、この一ヵ条だけでよろしい。もし、まだそれを認めようとしない人がいたならば、認めるのを待っていてもよいだろうか。待っていてもよい。団結とは、自分と意見の違う人、自分を見さげている人、自分を尊重してくれない人、自分と悶着もんちゃくをおこしたことのある人、自分と闘争したことのある人、自分がしてやられたその相手、といった人たちと団結することである。同じ意見の人については、もう団結しているので、団結という問題は存在しない。問題は、まだ団結していない人たちのことである。まだ団結していない人たちというのは、意見を異にする人たちか、あるいは大きな欠点をもっている人たちである。たとえば、いまわが党には、組織的には入党したが思想的にはまだ入党していない人も多い。その人たちは、きみとけんかしたり、わたりあったりしたことはないが、思想的に入党していないので、どうしてもその行動は適切さを欠き、いくらか欠点があるか、いくらかは悪いことをやっているのである。こうした人たちにたいしては、かれらと団結し、かれらを教育し、かれらを援助しなければならない。以前、わたしは、欠点のある人、誤りを犯した人にたいしては、それがだれであろうと、その人があらためるかどうかを観察するだけでなく、その人があらためるのを援助しなければならず、一に観察し、二に援助するのだ、といったことがある。もしじっと立ちどまったまま観察するだけで、おまえがどうやるかみていてやろう、よくやればそれでよいが、よくやらなければ痛い目にあうのもどうせおまえだ、という態度をとるならば、これは消極的な態度であり、積極的な態度とはいえない。マルクス主義者は積極的な態度をとるべきで、観察するだけでなく、援助もしなければならない。

第三点、中央委員会の選挙について。さきほど鄧小平同志も言ったように、第八期中央委員会の定員は、百五十人ないし百七十人とする。第七期の中央委員は七十七人だったから、今回はその倍をやや上回るわけだが、これは比較的妥当なものといえよう。数年後、たとえば五年たってから、さらにふやすようにすれば、比較的利点が多いのではないか。いま活躍しているひじょうに多くの人材は、抗日戦争の時期に育ったもので、「三八年式」幹部とよばれている。これらの幹部は、われわれの現在の活動におけるきわめて重要な基盤であり、かれらなしでは活動できない。だが、この部分の幹部はひじょうに多く、もし今期中央委員会のメンバーとして考慮するとなると、定員を数百人にふやさなければならなくなる。だから、今回は考慮しないことにした。中央が出した百五十人から百七十人という数が妥当であるかどうか、いったいなん人ぐらいにしたらよいのか、同志諸君にも考えてもらいたい。

第七期中央委員会の委員たちは、第七回党大会の委託をうらぎることなく活動してきた。この点は確認すべきである。かれらは、この十一年間、中国の民主主義革命を正しく指導し、社会主義革命と社会主義建設を正しく指導し、大きな問題はひき起こさなかった。そして、さまざまの日和見主義と闘争し、誤りと闘争し、革命に不利な、建設に不利なさまざまの要素を克服した。誤りを犯した一部の同志をもふくめて、かれらは成果をあげたといえる。これは、中央委員会ぜんたいについていうのである。ごく少数の同志については、このような評価はあてはまらない。とくに王明だが、かれは第七回党大会のさい、その場のがれに、書面による声明を書いて、中央の路線が正しいことを認め、第七回党大会の政治報告を承認し、大会の決定にしたがいたいといった。だが、そのご、わたしがかれと話しあったとき、かれは、これをくつがえし、そんなものなど忘れてしまっていた。帰ってから考えたあげく、翌日、かれはまた、自分は書面で誤りを認めたことがあるといいだした。そこでわたしは、きみはあのとき誤りを認めたが、もし、いま認めないならば、それを撤回してもよいといった。だが、かれは撤回しようとはしなかった。そのご二中総で、われわれは、自分の誤りについて話すようかれに希望したが、かれはそれにはふれず、ただわれわれのことをあれこれほめそやした。われわれは、こうしたことは話さなくてもよく、きみ自身にどんな誤りがあったかを話してもらいたいといったが、かれは聞きいれなかった。かれは、二中総が終わってから自己批判を書くことを承知した。ところがそのご、病気なので頭をつかうことができない、筆をとったら例の病気が出てきた、というのだ。かれは、意識的にこうしたのかもしれないが、それはなんとも言えない。かれは、ずっと病気で今回の大会にも出席できない。かれを選ぶべきだろうか。もうひとり、李立三同志だが、かれを選ぶかどうか。李立三については、了承するという人がわりあい多いが、王明についてはあまりいない。鄧小平同志が言ったように、もし、われわれがかれらを選べば、それには第七回党大会でかれらを選出したのと同じような意義があるのだ。第七回党大会のとき、多くの代表はかれら(王明だけでなく、ほかに数人もの同志がいた)を選びたがらなかったが、当時われわれは、もしこうした方針をとるならば誤りを犯すことになる、といった。誤りを犯した人を選ばないと、なぜ誤りを犯すことになるのだろうか。それは、こうしたやり方は、かれらのやり方の引き写しだからである。かれらのやり方は、きみがほんとうに誤りを犯したかどうかにかかわりなく、ひとたびきみのことを日和見主義だと宣告すると、もうきみをほうり出すのだ。もし、われわれもこのやり方をとるならば、われわれは、かれらの路線、つまり王明路線あるいは李立三路線をあゆむことになる。こうしたことを、われわれはやらない。われわれに、王明路線、李立三路線をあゆめといっても、それはできない相談である。かれら流の党内関係とは、誤りを犯した人、あるいはかれらと闘争したことのある人、かれらを日和見主義だとののしったことのある人は、みなほうり出すという関係なのである。かれらは、一〇〇パーセントのボリシェビキを自任しているが、あとで調べてみると一〇〇パーセントの日和見主義で、逆にかれらから「日和見主義者」とされたわれわれのほうに、いくらかマルクス主義があるようだ。

ここで、もっとも基本的な道理は、かれらは孤立した個人ではなく、小ブルジョア階級のなかのかなりの部分の人たちを代表している、ということである。中国は、小ブルジョア階級の大衆がきわめて多い国である。小ブルジョア階級のなかのかなりの部分の人たちは動揺するものである。たとえば富裕中農だが、みなが見てきたように、かれらは、どの革命においても動揺し、確固としておらず、喜びだすと有頂天になるが、悲観しだすとしょげかえってしまう。富裕中農の念頭にいつもあるのは、かれらのわずかばかりの財産、まあ、せいぜい一、二頭の役畜とか、一台の馬車とか、十数畝ムーの畑とかいったものだ。かれらは、こうした財産をうしないはしないかとあくせくしているのだ。こうした人たちは貧農とはちがう。中国の貧農は、北部では五〇パーセント、南部では七〇パーセントを占めている。わが党をその構成からみるならば、基本的には労働者と貧農、つまりプロレタリア階級と半プロレタリア階級から構成されている。半プロレタリア階級も小ブルジョア階級だが、革命にたいする態度は中農よりずっとしっかりしている。わが党はまた、一部の知識分子も吸収しているが、千余万の党員のうち、大・中・小の知識分子は、だいたい百万といったところだ。この百万の知識分子は、帝国主義を代表しているともいえず、地主階級を代表しているともいえず、官僚ブルジョア階級を代表しているともいえず、民族ブルジョア階級を代表しているともいえず、小ブルジョア階級の範疇はんちゅうにいれるのが比較的適切であろう。これらの知識分子は、おもに小ブルジョア階級の範疇のなかのどの部分の人を代表しているのか。かれらは、都市と農村の、生産手段を比較的多くもっている部分の人、たとえば富裕中農を代表している。これらの知識分子の党員は、あとさきのことをあれこれと心配し、いつも動揺しており、主観主義がもっともひどく、セクト主義も少なくない。われわれが、主明路線と李立三路線のこの二人の代表的人物を選出することは、なにをしめすのだろうか。これは、われわれが、こうした思想面での誤りを犯した人と反革命分子および分裂派(陳独秀、張国燾、高崗、饒漱石のような連中)とを区別して扱っていることをしめすものである。王明、李立三の王朝主義、セクト主義は、白昼のもと、公然と鳴り物入りで、自分の政治綱領をもちだして、他人を征服しようとするものであった。王明には政治綱領があり、李立三にも政治綱領があった。もちろん、陳独秀にも政治綱領があったが、かれは、トロツキストの活動をやり、分裂活動をすすめ、党外で反党活動をおこなった。張国燾は、陰謀をめぐらし、分裂活動をすすめ、国民党のもとに走った。こうしてみると、王明、李立三の問題は、たんにかれる個人の問題だけではなく、重要なのは、その社会的原因なのである。党内でも、かなりの部分の人が重大なせとぎわで動揺するのは、こうした社会的原因のわが党内における反映である。こうした動揺分子は日和見主義である。日和見主義とは、これが有利ならばこれをやり、あれが有利ならばあれをやり、きまった原則もなく、きまった規約もなく、きまった方向もなく、今日こうやったかとおもうと、明日はああやる、といったことである。たとえば王明がそうで、かれは、はじめはたいへんな「左」よりだったが、あとではたいへんな右よりとなった。

第七回党大会で、われわれは一部の同志を説得して王明、李立三を選んだが、それだからといって第七回党大会後のこの十一年らい、われわれはなにか失うところがあっただろうか。なんの損失もなかった。王明、李立三を選んだからといって、われわれの革命が勝利しなかったということもなかったし、勝利が数ヵ月おくれたということもなかった。

かれらを選ぶと、誤りを犯した人が奨励を受けることになりはしないか。誤りを犯した人が中央委員になるなら、われわれもみんなで誤りを犯そうじゃないか、いずれにせよ中央委員になる機会があるのだから、というようなことになりはしないか。そうはならない。われわれの七十数人の中央委員をみたまえ。中央委員に再選されようとして、わざといくつかの誤りを犯すような人はいないではないか。中央委員にならなかった人たちも、「三八年式」以前の人であれ、「三八年式」の人であれ、「三八年式」以後の人であれ、中央委員になろうとして、王明や李立三に学び、さらに二つの路線をもちだして、四つの路線にしたりするだろうか。そうはしまい。そんな人はおらず、かれらの誤りから教訓を汲みとって、いっそう慎重になるだろう。

このほか、かつて「はやく革命に参加するよりも、おそく参加したほうがとくだ。革命に参加するよりも、参加しないほうがとくだ」という言い方があったが、かれらを選ぶと、党内に、正しいのよりも誤りを犯したほうがとくだ、小さな誤りを犯すよりも大きな誤りを犯したほうがとくだ、という問題がうまれはしないか。王明、李立三は路線上の誤りを犯したが、かれらを中央委員にするには、正しい人あるいは小さな謀りを犯した人が椅子いすを二つあげて、かれらに坐らせなければならない。こうした措置は、世の中でいちばん不公平なものではないだろうか。みたまえ、正しい人、あるいは小さな誤りを犯した人が、その椅子を大きな誤りを犯した人にゆずっている。これは、あきらかに不公平なことであり、公平など、どこにも見あたらない。この点からみると、こうしたやり方はきわめて不公平である。もし、このようにくらべるならば、いわゆる正しいことよりも誤りを犯したほうがとくで、小さな誤りを犯すことよりも大きな誤りを犯したほうがとくだ、ということを認めなければならない。だが、もう一つの点からみると、そうではない。かれらが路線上の誤りを犯したことは、全国に知れわたっており、全世界に知れわたっている。かれらを選ぶ理由は、かれらの名が売れているという点にある。かれらの名は売れているのだ。誤りを犯さないか、小さな誤りしか犯さないきみの名は、かれらの名ほど売れていないのだから、どうにもしようがないではないか。小ブルジョア階級がきわめて多いわが国では、かれらは旗じるしなのである。かれらを選べば、多くの人が、共産党は、やはりかれらが誤りをあらためるのを持っている、誤りをあらためさせるため、二つの椅子をあげてまでしてかれらを持っているのだ、と言うだろう。かれらがあらためるかどうかはまた別の問題で、これはきわめて小さな、かれら二人だけの問題である。問題は、われわれのこの社会にはこんなに多くの小ブルジョア階級がおり、われわれの党内にはこんなに多くの小ブルジョア階級の動揺分子がおり、知識分子のなかには多くのこうした動揺する人間がおり、かれらは、この手本をみているということである。かれらは、この二つの旗じるしが健在なのをみると、気分がよくなり、よく眠れるし、うれしくなるのだ。この二つの旗じるしを倒すと、かれらは恐れおののくのだ。だから、王明、李立三があらためるかどうかという問題ではないのである。かれらがあらためるかどうかは、あまりたいした問題ではなく、大きな問題となるのは、党内の数百万にのぼる動揺しやすい小ブルジョア階級出身者、とりわけ知識分子が、王順、李立三にたいしてわれわれがどういう態度をとるかをみているということである。ちょうど土地改革でわれわれが富農に対処したときのように、われわれが富農に手をつけなければ中農は安心しているというわけだ。もし、われわれの第八回党大会が、この二人にたいして、やはり第七回党大会とおなじ態度をとるならば、それは、わが党にとって、全国のきわめて多くの小ブルジョア階級の改造がいくらか容易になるという利点、長所がある。これは世界的にも影響があることだ。外国では、誤りを犯した人にたいして、われわれのこのような態度をとることはきわめてまれであって、ないといってもよいだろう。

われわれの今回の大会の予備会議は、きょうから始まり、会期はわずか十数日だが、適切に運営すれば準備の仕事をりっぱに終えることは、まったく可能である。今回の大会は成功するだろうし、代表たちには、この大会を成功させるだけの能力がある、とわれわれは確信する。だが、刻苦勉励し、みんなが努力することが肝要である。

著者
毛沢東
原著
一九五六年八月三十日(1956年)
底本
『毛沢東選集』第五巻、外文出版社(北京)、1977年。電子化テキスト: http://maoist.web.fc2.com/mao/maosen/5/maosen-5-text.lzh
掲載根拠
保護期間中(未公開)
備考
著者没年 1976。中国は死後50年(2027-01-01 満了)、日本は死後70年(2047-01-01 満了)。外文出版社の日本語訳は法人著作として別に保護される

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