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蔵書 › 毛沢東選集 第五巻 › 社会主義革命と社会主義建設の時期(一)

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農業協同化についての弁論と当面の階級闘争

毛沢東 · 一九五五年十月十一日

縦書きで読む毛沢東選集第五巻

農業協同化についての弁論と当面の階級闘争

(一九五五年十月十一日)

これは、毛沢東同志が中国共産党第七期中央委員会第六回拡大総会でのべた結論である。

こんどの会議ではさかんに弁論がおこなわれた。それは、資本主義から社会主義への過渡期において、わが党の総路線が完全に正しいのかどうかという問題をめぐる大弁論であった。この全党的な大弁論は、農業協同化の方針の問題からひきおこされたもので、同志諸君の討議もこの問題に集中した。だが、この弁論で論及された面はひじょうに広く、農業、工業、交通、運輸、財政、金融、貿易、文化、教育、科学、医療・衛生など諸部門の仕事におよび、手工業と資本主義工商業の改造におよび、反革命鎮圧におよび、さらに軍隊におよび、外交におよんでいる。要するに、党、政府、軍隊、人民団体の各方面の仕事におよんでいるのである。このような大弁論は、当然おこなうべきものであった。なぜなら、総路線が公表されていらい、わが党では、このような弁論がおこなわれたことはなかったからである。農村でも都市でも、この弁論を展開して、各方面の仕事が、つまりその速度と質がすべて総路線のさだめた任務に適応でき、全面的な計画をもつようにしなければならない。

ここで、次のいくつかの問題について意見をのべてみよう。

一 農業の協同化と資本主義工商業の改造との関係

農業の協同化と資本主義工商業の改造との関係、つまり、およそ三つの五ヵ年計画の期間内に農業の社会主義的改造を基本的になしとげることと、おなじ期間内に資本主義工商業の社会主義的改造を基本的になしとげることとの関係の問題は、農業協同化とブルジョア階級との関係の問題でもある。

われわれの見るところ、農業の社会主義的改造を徹底的におこなう過程で、労働者階級と農民との同盟が社会主義という新しい基礎のうえに逐次強固になってこそ、都市のブルジョア階級と農民とのつながりを完全に断ち切ることができ、ブルジョア階級を完全に孤立させることができ、資本主義工商業の徹底的な改造をやれるようになるのである。われわれが農業の社会主義的改造をおこなう目的は、農村というもっとも広びろとした大地で資本主義の根を断ち切ることにある。

いま、われわれはまだ農業の協同化をなしとげておらず、労働者階級はまだ新しい基礎のうえで農民と強固な同盟を結んでおらず、労働者階級と農民との同盟はまだ不安定である。以前、われわれと農民との同盟は土地革命の基礎のうえにうちたてられていたが、いまでは、農民はそれに満足しなくなっている。かれらは、あのとき手にいれた利益を忘れかけているのだ。いまは、かれらに新しい利益をあたえなければならない、それが社会主義である。いま、農民はまだみんなが一緒にゆたかになっているわけではなく、食糧と工業原料もまだひじょうに不足している。こうした状況のもとでは、ブルジョア階級がこの問題でわれわれのあらをさがし、われわれに攻撃をかけてくるおそれがある。だが、数年たてば、労働者階級と農民が新しい基礎のうえで、これまでよりもいっそう強固な同盟をむすぶというまったく新しい情勢が見られるであろう。

地主とたたかい、土豪をたたき、田畑をわけるという以前の同盟は、一時的な同盟である。この同盟は、しばらく強固だと思っているうちに、また強固でなくなった。土地改革のあと、農民には分化が生じている。もしもわれわれが農民にあたえる新しいものをもたず、農民が生産力をたかめ、収入をふやし、みんな一緒にゆたかになるよう援助することができなければ、貧しい農民はわれわれを信じなくなり、共産党についていくのはつまらないと思うだろう。土地をわけてもらってもやはり貧しいとなれば、どうしてついてくるだろうか。ゆたかな農民、つまり富農になった農民やひじょうにゆたかになった農民はどうかというと、これまたわれわれを信じなくなり、共産党の政策はどうしても自分の好みにあわないと思うだろう。けっきょく、両方とも信じなくなり、貧しい農民も信ぜず、ゆたかな農民も信じないとなれば、労農同盟はタガがひどくゆるんでしまう。労農同盟を強固にするには、農民を指導して社会主義の道をあゆませ、農民大衆がみんな一緒にゆたかになって、貧しい農民がゆたかになり、すべての農民がゆたかになるとともに、そのゆたかさの程度がいまのゆたかな農民を大きく上回るようにしなければならない。協同化しさえすれば、農村の全住民が年ごとにゆたかになり、商品化食糧と工業原料も多くなるであろう。そうなれば、ブルジョア階級は口をふさがれ、自分が完全に孤立してしまったことに気づくであろう。

いま、われわれには二つの同盟がある。一つは農民との同盟であり、もう一つは民族ブルジョア階級との同盟である。この二つの同盟はどちらもわれわれにとってたいへん必要であり、周恩来同志もこの問題についてのべている。ブルジョア階級との同盟には、どんな利点があるのだろうか。われわれはより多くの工業製品を手にいれて、農産物と交換することができる。十月革命後のある時期に、レーニンはそのように考えたことがある。国が交換する工業製品をもっていなければ、農民は食糧を出そうとせず、紙幣だけでは売ってくれない。だから、レーニンがプロレタリア階級の国家権力に国家資本主義との同盟を結ばせようと考えたのは、工業製品をふやして農村の自然発生的な勢力に対処するためであった〔1〕。いま、われわれがブルジョア階級との同盟をつくり、ここしばらくは資本主義企業を没収せず、利用、制限、改造の方針でのぞんでいるのも、より多くの工業製品を手にいれて農民の必要をみたし、そうすることによって、食糧、さらには一部の工業原料を売り惜しむ農民の行為を変えるためにほかならない。これはブルジョア階級との同盟を利用して、農民の売り惜しみを克服することである。同時に、われわれは農民との同盟に依拠して、食糧と工業原料を獲得し、ブルジョア階級をおさえている。資本家は原料をもっていないが、国にはそれがある。かれらは原料がほしければ、工業製品を国に売りわたさなければならず、国家資本主義を実行しなければならない。かれらがそうしなければ、われわれは原料をあたえず、とにかく身動きできないようにしてしまう。こうすれば、ブルジョア階級が自由市場をつくり、自由に原料を入手し、自由に工業製品を販売しようとするこの資本主義の道をふさぎ、また政治の面でもブルジョア階級を孤立させることになる。ここで話しているのは、この二つの同盟の相互作用のことである。この二つの同盟のうち、農民との同盟は主要な、基本的な、第一義的なもので、ブルジョア階級との同盟は一時的な、第二義的なものである。わが国のような経済的に立ちおくれている国では、いま、この二つの同盟はどちらも必要である。

土地改革によって、われわれは民主主義の基礎のうえに農民との同盟を結び、農民は土地を獲得した。農民が土地を獲得するということは、ブルジョア民主主義革命の性質をもつものである。それはただ封建的所有制を破壊するだけで、資本主義的所有制と個人的所有制を破壊することはない。この同盟は、ブルジョア階級にはじめて孤立を感じさせた。一九五〇年、わたしは三中総で、四方に出撃してはならない、とのべたことがある。当時は、全国の広大な地方でまだ土地改革がおこなわれておらず、農民がまだ完全にはわれわれの側に立っていなかったから、ブルジョア階級にたいして火ぶたを切るわけにはいかなかった。土地改革がおこなわれたのち、農民が完全にわれわれの側に立つようになってから、「三反」「五反」運動を展開することが可能となり、またその必要性がうまれてきたのである。農業の協同化によって、われわれはブルジョア民主主義の基礎のうえではなく、プロレタリア社会主義の基礎のうえで、農民との同盟を強固にした。このため、ブルジョア階級を最終的に孤立させて、資本主義を最終的に消滅することができるようになったのである。このことについては、われわれはまったく良心がないのだ。いかにも、マルクス主義は凶暴で、良心に欠けており、是が非でも帝国主義、封建主義、資本主義を根絶やしにし、また小生産も根絶やしにしようとする。この面では、良心が少ないほうがよいのだ。われわれの一部の同志はあまりにも慈悲ぶかくて、手きびしさがない。つまり、それほどマルクス主義的ではないのである。六億の人口をもつ中国でブルジョア階級と資本主義を根絶やしにするのは、すばらしいことであり、たいへん意義のあるすばらしいことである。われわれの目的は、ほかでもなく、資本主義を根絶やしにし、地球上から根絶やしにして、これを歴史上の遺物にすることである。およそ歴史の過程でうまれたものは、かならず消滅する。世の中の事物は例外なく歴史の過程でうまれたもので、生があれば死がある。資本主義というものは歴史の過程でうまれたもので、やはり死滅する。それにはすばらしい行き先があり、土のなかで「眠る」というのがそれである。

いまの国際環境は、われわれが過渡期の総任務をなしとげるのに有利である。 われわれは三つの五ヵ年計画の時間をかけて、社会主義的工業化と社会主義的改造を基本的になしとげなければならない。われわれはかならずこの平和建設の時間をかちとらなければならない。十五年のうち、すでに三年はすぎたが、あと十ニ年あればやれる。見うけるところ、それをかちとるのは可能であり、またかちとるように努めなければならない。われわれは対外活動や国防建設の面でよりいっそう努力すべきである。

この十五年の期間内に、国際、国内の階級闘争はひじょうに緊迫するであろう。その緊迫ぶりはもう目に見えている。階級闘争のなかで、われわれはすでに多くの勝利をおさめており、またひきつづき勝利をおさめるであろう。過ぎさった一年の国内の階級闘争についていえば、われわれは主としてつぎの四つのことを手がけた。一つは観念論反対の闘争をすすめたこと、一つは反革命を鎮圧したこと、一つは食糧問題を解決したこと、一つは農業協同化の問題を解決したことである。この四つの問題をめぐる闘争は、いずれもブルジョア階級にたいする闘争の性質をおびるもので、すでにブルジョア階級に重大な打撃をあたえたし、またひきつづき壊滅的な打撃をあたえている。

観念論反対の闘争は、例の『紅楼夢』の問題からはじまって、さらに『文芸報』を批判し、その後また胡通の批判や梁漱溟の批判にすすみ、すでに一年間つづいている。われわれは手がたく観念論に反対しなければならず、三つの五ヵ年計画の時間をかけるつもりである。観念論反対の闘争のなかで、マルクス主義の弁証法的唯物論を身につけた幹部の隊列をつくり、われわれの広範な幹部と人民がマルクス主義の基本理論で武装できるようにしなければならない。反革命鎮圧については、今年と来年一年のうちに、国営工場、国営商業、協同組合、県・区・郷のさまざまな組織をふくめ、さらに軍隊の幹部、工場の労働者をふくめて、およそ千二百万人の範囲内で、反革命の粛清をおこなう予定である。反革命分子といえば、多くはいないようだし、目にも見えないが、調べてみると、たしかにいるのであり、現に一群の反革命分子がすでに見つけだされている。食糧問題についても大いにたたかった。ブルジョア階級は食糧問題にかこつけてわれわれを攻撃したし、わが党内でもデマがさかんにみだれ飛んだ。そこで、われわれは批判をくりひろげたのである。農業協同化の問題については、われわれは多くの闘争をすすめたが、こんどの会議でもこの問題を集中的に討議した。われわれはこの四つの問題で大規模な闘争をくりひろげ、ブルジョア階級の反抗と攻撃に打撃をくわえ、主動権を握ったのである。

ブルジョア階級は、われわれがこのいくつかの問題でかれらと闘争するのを恐れており、とりわけ反革命鎮圧を恐れている。われわれの反革命鎮圧の仕事はうまくいっている。この仕事は規格を重視しなければならず、規格がなければ、はなはだ危険である。基準にあったものでなければ、反革命と呼んではならない。つまり、ほんものの反革命分子をやっつけるのであって、まがいものの反革命分子をつくりだしてはいけないのである。ただし、まがいものの反革命分子が出ることも予想しておくべきで、出ないとは言いがたい。だが、われわれは、まがいものの反革命分子が出るのを少なくし、できるだけ出ないよう要求している。つまり、完全に規格にあった、正真正銘の、まぎれもなくほんものの反革命分子でなくてはならず、よい人にぬれ衣ぎぬを着せてはならない。同時に、ほんものの反革命分子の一部を見落とすこともありえよう。では、こんどできれいさっぱり片づけられるかといえば、そうともかぎらない。見落とすのは避けがたいことだ。だが、それをできるだけ少なくするようにしなければならない。

二 協同化の問題をめぐる論争の総括

農業協同化の問題では、大衆の多くの創意によって、多くの迷信が打破され、多くの誤った観点が打破された。こんどの討議では、数ヵ月まえまで多くの人のまだはっきりしていなかった多くの問題が解決された。

まず、大発展かいいか、それとも小発展かいいか、という問題である。これは主要な問題で、論争も激しかったが、いまではもう解決した。大衆は大発展を要求し、過渡期の総任務も農業が工業に適応することを要求している。だから、例の小発展を主張する観点は誤っている。

つぎは、おくれて解放された地区では発展できるかどうかという問題、山間部や立ちおくれた郷や被災地区では発展できるかどうかという問題である。これも、いまではもう解決し、いずれも発展できるということになった。

第三は、少数民族地区では組合をつくれるかどうかという問題である。いまでは、条件のととのった地方ならどこでも組合をつくれることが立証されている。一部の地方、たとえば西蔵チベット、大涼山・小涼山などの地方では、まだ条件がととのっていないので、組合をつくってはならない。

第四は、資金も荷馬車も牛もなく、富裕中農の参加もなしに、組合をつくれるかどうかという問題である。いまでは、それもつくれることが立証されている。

第五に、「組合をつくるのはやさしいが、固めるのはむずかしい」という迷信も打破された。組合をつくるのもそうやさしくはないが、それを固めるのもそうむずかしいとはかぎらない。組合をつくるのはやさしいが固めるのはむずかしいと、是が非でも言おうとするのは、実際には、組合をつくるな、あるいは、あまりつくらないほうがよい、と主張するのと同じである。

第六は、農業機械がなくても組合をつくれるかどうかという問題である。機械がなければどうしても組合をつくれないという空気は、いまではつよくはないが、この観点はまだのこっている。この迷信も完全に打破することができる。

第七は、運営状態のよくない組合をのこらす解散すべきかどうかという問題である。運営の続行がたしかに不可能となった少数の組合は、もちろん、互助組にまで後退してもかまわない。だが、一般のいわゆる不良組合は解散すべきではない。そうしたものは、整頓すれば建てなおせるのである。

第八、「いそいで馬から降りないと、労農同盟が破壊される」という言い方は、おそらく中央農村工作部あたりから流された「理屈」であろう。中央農村工作部はデマを飛ばすだけでなく、多くの「理屈」をこねまわしているのだ。わたしから見れば、この一句はおおむね「正しい」。ただ一語だけ改めて、「降りる」というのを「乗る」になおせばよいのである。農村工作部の諸君は悲観するにも及ばない。諸君のことばをほとんど採用し、その一語を改めただけである。一語の差、われわれの論争はこの一語につきる。諸君は馬から降りようとしているが、わたしは馬に乗ろうとしている。「いそいで馬に乗らないと、労農同盟が破壊される」。そのとおり、たしかに破壊されるのである。

第九、「役牛が死んだのは協同組合のせいである」という言い草は、完全には実情にあっていない。役牛が死ぬおもな原因は、協同組合にあるのではなく、水害や牛皮の法外な高値や飼料の不足にある。なお、一部は老牛で、殺すべきものであった。

第十、「農村の状態が緊迫した根本原因は、協同組合をつくりすぎたことにある」という言い方は、誤りである。ことしの春の農村の緊迫した状態は、主として食糧問題によってもたらされたものだ。食糧の不足というのは、その大部分がつくりごとで、地主、富農および富裕中農がわめきたてたのである。この問題については、われわれはまだ広範な農民を十分に教育するひまがなかったし、同時にわれわれの食糧工作にも欠点があった。昨年はいったいどのくらい買い付ければ妥当であったのか、当時、われわれはまだ実情をつかんでおろす、七十億斤チンもよけいに買い付けてしまった。いまはそれを調整して、七十億斤減らすつもりであり、そのうえことしは豊作であるから、農村の状況も緩和するであろう。

第十一、「協同組合の優越性は三年しかもたない」という言い草もあるが、これは悲観主義である。わたしの見るところ、協同組合の優越性はけっして三年にとどまらない。社会主義はひじょうに長い期間つづくであろう。将来、社会主義の優越性がしめされなくなれば、こんどは共産主義の優越性がそれにとって代わるであろう。

第十二、近い将来に高級組合を一部つくるべきかどうか。この問題は以前はっきりしなかったが、こんどはみんなが提起した。高級組合を一部つくるべきである。どれだけつくるかは「諸君が検討したらよい。

第十三、「帆船、畜力車では協同組合をつくれない」という言い方も、まちがっている。こんにちでは、帆船、畜力車などの運輸業にたずさわる数百万の勤労者も、協同組合を組織すべきであると思われる。

みんなの討議にもとづいて、われわれはこうした多くの問題を解決した。これはこんどの中央委員会総会の大きな成果である。

三 全面的な計画と指導強化の問題について

全面的な計画には、第一に協同組合の計画、第二に農業生産の計画、第三に全般の経済計画がふくまれるべきである。農村における全般の経済計画には、副業、手工業、多角経営、総合経営、近辺の開墾と移住、購買販売協同組合、信用協同組合、銀行、技術普及ステーションなどがふくまれ、さらに、はげ山と村落の緑化がふくまれる。とくに北部のはげ山は緑化すべきであり、また緑化は完全に可能であると思う。北部の同志にこの勇気があるかどうか。南部の多くの地方もさらに緑化しなければならない。南北各地は何年かの年月をかけて緑化できればよい。このことは農業、工業、その他の各方面にも有利である。

このほか、どういう計画があるだろうか。まだ文化・教育計画があり、それには文肓の一掃、小学校の開設、農村の必要に即した中学校の開設、中学校での一部農業課目の新設、農民むきの通俗読物と書籍の発行、農村の有線放送網と移動映写班の拡大、文化・娯楽活動の展開などがふくまれる。さらに共産党の整頓と建設、青年団の整頓と建設、婦人工作があり、なお反革命鎮圧もある。全般的な計画のなかにはこれらの部分がふくまれていなければならない。

計画には、つぎの数種類のものがあるべきである。(一)農村協同組合の計画。どの協同組合にも計画があるべきである。協同組合は小さいものではあるが、やはり計画をたてるべきで、そのやり方を学びとらせる。(二)全郷の計画。全国には二十二万あまりの郷があり、二十二万あまりの郷の計画をたてる。(三)全県の計画。われわれは、どの県でもそれぞれ計画をたてるよう希望する。いま、一部の県はすでにりっぱな計画をたてており、見てみるとなかなか味がある。かれらは思想が解放されており、なにものをも恐れず、手かせ足かせなどの束縛がないので、計画がとても生きいきしている。(四)全省(あるいは自治区、直轄市郊外区)の計画。このなかでは、全郷の計画と全県の計画に重点をおく。この二つの環をつかんで、すみやかにいくつかの計画をつくり――たとえば、一つの省で三、四の県の計画をつくる――それらを発表して、各地に見ならわせるようにする。

協同化の計画は、それぞれ異なった地区におうじて発展速度をきめなければならない。それは三種類の地区にわけるれる。第一種は多数の地区、第二種は一部の少数の地区、第三種はもう一部の少数の地区である。多数の地区では三つの高まり、三つの冬と春がなければならない。三つの高まりとは、ことしの冬から来年の春まで、来年の冬から再来年の春まで、それにもう一つの冬から春までの期間をさす。三つの冬と春というのは三つの高まりのことで、一つの波がまだ去らないうちにもう一つの波がやってくるというが、そのあいだには間欠がなければならない。二つの山のあいだには一つの谷があり、二つの波がしらのあいだには一つの波ぞこがある。この種の地区では、一九五八年の春までに半社会主義の協同化が基本的になしとげられる。第二種の地区では、二つの冬と春、二つの高まりがあれば十分である。たとえば華北地方、東北地方、それに一部の郊外区がそうである。この部分の地区のうち、ごく少数の地区では来年の春までに協同化が基本的になしとげられるから、一つの高まりがあれば実現する。第三種の地区、つまりもう一部の比較的少数の地区では、四つ、五つ、さらには六つの冬と春を必要とする。この種の地区では、なお一部の少数民族地区、つまり大凉山・小涼山、西蔵および条件のととのっていない他の一部の少数民族地区を除外しなければならず、条件のととのっていないところで協同化をおしすすめてはならない。半社会主義の協同化を基本的になしとげるとは、どういうことであろうか。それはつまり、農村人口の七〇ないし八〇パーセントが半社会主義の協同組合に加入することである。これにはかなりの幅がもたせてあって、七〇パーセントでもよければ、七五パーセントでもよく、八〇パーセントまたはそれをすこし上回ってもよい。これで、半社会主義の協同化を基本的になしとげたというのである。あと少数のものがとり残されるが、それは将来のことである。遅すぎてはよくないが、急ぎすぎてもよくない。遅すぎるのも急ぎすぎるのも、日和見主義である。日和見主義には二種類あり、一つは遅すぎる日和見主義、もう一つは急ぎすぎる日和見主義である。このように話せば、農民はわりあい呑みこみやすい。

省(市、自治区)段階、地区段階、県段階というこの三段階では、たえず運動の発展状況をつかみ、問題が出たらすぐ解決しなければならない。問題が山づみになってから総括にとりかかるようではあとの祭りなので、そうならないよう、くれぐれも注意すべきである。これまで、われわれは多くの仕事をそのようにやってきた。途中で問題が出ても解決しようとせず、それを山づみにしておいて、やり終えてから総括し、批判をしたのだ。「三反」「五反」運動のとき、一部の同志はこの誤りを犯したことがある。もっぱら事後の批判だけを好むようではいけない。事後にも批判しなければならないが、きざしが見えたときに批判するのがいちばんよい。事後の批判だけを好み、臨機応変の指導を欠くのは、よくないことである。異常事態にぶつかったばあい、どうしたらよいだろうか。異常であれば、ただちにブレーキをかける、つまり停車することである。われわれが車に乗るのと同じように、急な坂をくだるとき危険にぶつかったら、すぐブレーキをかける。省、地区、県のいずれにも、ブレーキをかける権限がある。「左」よりを防ぐよう注意しなければならない。「左」よりを防ぐことは日和見主義ではなくて、マルクス主義である。マルクス主義は「左」よりに走れなどとは言っていない。「左」翼日和見主義はマルクス主義ではない。

今後、協同組合を発展させる仕事では、なにを比べたらよいだろうか。質を比べ、規格を比べるべきである。量、あるいは速度については、前にのべたあの規定があればよい。重点は質を比べることである。質の基準はなにか。それは生産をふやし、家畜を死なせないことである。生産をふやし、家畜を死なせないためには、どのようにしたらよいだろうか。それには自由意思と相互利益の原則をまもり、全面的な計画をたて、弾力性のある指導をしなければならない。この数ヵ条があれば、協同組合の質はわりあいよくなり、生産がふえ、家畜が死ななくなると思う。われわれはぜひとも、ソ連がかつて犯した家畜の大量屠殺とさつという誤りを避けなければならない。カギは今後二年、主としてこれからの五ヵ月、つまりことしの冬から来年の春までの期間にある。ことしの十一月から来年の三月まで、諸君はぜったいに大きな問題をおこさず、牛の大量死亡という事態をまねかぬよう、注意してもらいたい。いま、トラクターはまだひじょうに少ないから、牛は宝であり、農業生産のおもな道具なのである。

今後五ヵ月のうちに、省段階、地区段階、県段階、区段階、郷段階というこの五段階のおもな幹部、なによりもまず書記と副書記は、ぜひとも協同組合の問題に取りくみ、協同組合のさまざまな問題に精通しなければならない。時間が短すぎるだろうか。五ヵ月間、手がたく取りくめば、やれると思う。省段階の同志がしんけんに取りくむのはもちろんであるが、とりわけ大切なのは県、区、郷の同志である。もしもこれらの同志が取りくまず、組合をたくさんつくっても自分がそれに通じていないとしたら、それはたいへん危険である。いつまでたっても打ちこめなかったら、どうすればよいだろうか。仕事を取りかえるべきである。五ヵ月後、つまり来年の三月以後、党中央はこんどのような会議をもういちど招集するかもしれない。そのときは質を比べる。みんなの発言の重点としては、こんどの発言をくりかえすのではなく、新しいものがなければならない、つまり全面的な計画の問題、経営管理の問題、指導方法の問題について話さなければならない。協同組合をはやく、多く、りっぱにつくるには、どういうよい方法があるかについて話さなければならない。つまり、質の問題について話すのである。

指導方法はひじょうに重要である。誤りを犯さないためには、指導方法に注意をはらい、指導をつよめなければならない。指導方法についていくつかの提案があるのだが、実行できるだろうか。それはつまり、みんながやっていることで、一年に数回、大きな会議あるいは小さな会議をひらき、当面の問題を解決することである。もしも問題があれば、個別のなかから普遍性を見いださなければならない。すべてのスズメをつかまえてきて解剖し、そのあとで「スズメは小さいが、五臓六腑ぷがそろっている」と証明するようではいけない。ゆらい、科学者はそんなことをしないものだ。いくつかの協同組合の問題をはっきりさせさえすれば、適切な結論を下すことができる。会議をひらくほか、電報を打ったり、電話をかけたり、視察に出かけたりするのも、ひじょうに大切な指導方法である。このほか、各省は適当な人を選んで、いい刊行物を出し、それを改善して、すみやかに経験を交流するようにしなければならない。もう一つ提案があるが、ひとつ、ためしてもらえまいか。わたしは十一日を費やして、百二十数編の報告に目を通し、文章に筆をいれたり、評語を書いたりもした。こうして「わたしは「列国を巡遊し」、孔子よりも広いところをまわり、雲南、新疆シンチァンにまでも「足をのばし」たわけである〔2〕。各省、各自治区の諸君は各県に一編ずつ文章を書かせて、一年か半年で一冊の書物を編集し、各県の経験を交流できるようにしたらどうか。こうすれば、協同化運動をすみやかにおし広めるのに役立つだろう。もう一つの方法は、簡約報告を出すことである。県委員会は地区委員会にたいし、地区委員会は省委員会、自治区委員会にたいし、省委員会、自治区委員会は中央にたいし、それぞれ、組合づくりの進度はどうか、どういう問題がおきているかについて、簡約報告を出すようにしなければならない。各級の指導部はこうした簡約報告を受けとり、状況をつかんでいれば、問題がおきたとき、すぐに手をうつことができる。以上はいくつかの指導方法についての提案であるが、同志諸君に考えてもらいたい。

四 思想闘争について

これまでの経験が物語るところによれば、思想闘争は的を射たものでなければならない。思想的に矛をまじえるべきだ、ということばがある。ちょうど果たし合いのように、向こうが一太刀あびせてくれば、こちらも一太刀かえし、この二本の刀が火花をちらす、これが矛をまじえるということである。思想的に矛をまじえなければ、明確性と徹底性を欠き、これではよくない。こんどの会議では、われわれは思想の面で矛をまじえ、明確性も徹底性ももつようになった。この方法の第一の利点は、大多数の同志を助けて問題をはっきりさせることであり、もう一つの利点は、誤りを犯した同志を助けてその誤りを改めさせることである。

誤りを犯した同志については、二ヵ条しかないと思う。一つは、本人が革命をやる意志をもつことであり、もう一つは、他の人も本人がつづけて革命をやるのを許すべきだということである。本人がつづけて革命をやる意志のないばあいもある。たとえば、陳独秀がそうであり、張国燾がそうであり、高崗、饒漱石がそうであったが、それはごく少数である。大多数の者はつづけて革命をやる意志をもっている。だが、もう一ヵ条ある、それは他の人に革命をやるのを許すことである。われわれは、『阿Q正伝』に出てくるニセ毛唐になってはならない。かれは、阿Qが革命をやるのを許さなかった。われわれはまた、『水滸伝』に出てくる白衣びゃくえ秀士の王倫①になってはならない。かれも他の人が革命をやるのを許さなかった。およそ他の人に革命をやるのを許さないことは、ひじょうに危険である。白衣秀土の王倫は、他の人が革命をやるのを許さなかったため、自分の命を落としてしまった。高崗も、他の人が革命をやるのを許さなかったため、自分の命を落としてしまったではないか。

歴史上の経験が立証しているように、教条主義の誤りと経験主義の誤りを犯した人のうち、大多数は誤りをただすことができる。それには二ヵ条が必要である。つまり、一方では厳粛な批判がなくてはならず、他方では寛容の態度がなくてはならない。後者がなければ、よくない。それがないとお互いの関係が正常でなくなる。誤りをすこしも犯さない人がいるだろうか。どんな人でも大なれ小なれ、いくらかは誤りを犯すものだ。どうにも救いようのない人はひじょうに少ないもので、たとえば陳独秀、張国燾、高崗、饒漱石、それから陳光、戴季英がそれである。このようなごく少数の者をのぞいて、その他の人はみな救えるのであり、同志たちの援助で誤りをただすことができる。われわれはこのようにすべきであり、このような自信をもつべきである。誤りを犯した本人も、このような自信をもつべきである。

中央農村工作部の一部の同志、だれよりもまず鄧子恢同志が誤りを犯した。こんどかれの犯した誤りは、その性質からみて右よりの誤りに属し、経験主義の誤りに属する。鄧子恢同志は自己批判をおこなった。各組の会議で一部の同志はかれの自己批判をまだ不徹底だと言っているが、われわれ政治局の同志、それにいく人かの同志たちは、意見を交換してみて、これを基本的にはよいものだと考えている。いまの時点でかれがこうした認識をもつようになったのは、すでに上出来といえよう。鄧子恢同志は、これまでの長期にわたる革命闘争のなかで多くの仕事をやり、成果をあげてきた、この点は認めるべきである。しかし、成果を荷物にしてはならない。かれ自身もこの点にふれ、すこし先輩風をふかしたと言っている。人はなるべく謙虚でなければならない。謙虚で、同志たちの援助を受けいれる意志さえあれば、かれは誤りをただせるものと、われわれは信じている。

以前、鄧子恢同志は、商人に依拠する(つまりブルジョア階級に依拠する)とか「四大自由」とかの綱領的な提起をしたことがあるが、それは誤ったもので、たしかにブルジョア的な綱領、資本主義的な綱領であり、プロレタリア的な綱領ではない。それはブルジョア階級を制限するという七期二中総の決定にそむいている。われわれはいま、都市のブルジョア階級、農村のブルジョア階級(富農)にたいしては制限の政策をとっている。したがって、雇用、商取引、貸借、借地に制限をくわえないという例の「四大目由」は、問題である。わたしに言わせると、「四小自由」である。ここには大と小のちがいがあるのだ。制限のもとでは、ブルジョア階級のこうした自由は少しはあるが、ひじょうに小さい。われわれは条件をととのえて、ブルジョア階級のこの小さな自由をなくさなければならない。都市のブルジョア階級にたいしては、われわれは利用、制限、改造といっている。利用はするが、国の経済と人民の生活に不利な部分は制限する。このような政策は「左」よりでもなく、右よりでもない。まったく制限しないとなれば、それはあまりにも右よりである。がんじがらめに制限し、かれらになにもやらせないとなれば、それはあまりにも「左」よりである。レーニンは、もしも何千何百万という小生産者が存在する条件のもとで、ある政党が資本主義をいちどきになくしてしまおうとするなら、それは愚かであるばかりでなく、自殺にひとしい、とのべたことがある〔3〕。しかし、鄧子恢同志の提起のしかたはまちがっている。かれは、中央や二中総の提起のしかたとちがって、制限を提起していないからである。

どういうわけか知らないが、一部の同志は、党の決議と党が長期にわたって提唱してきた政策にはほとんど目もくれず、まるで見たことも聞いたこともないかのようである。たとえば、互助・協同化運動というのは、長年らい、中央革命根拠地でも、延安でも、どの根拠地でも手がけたことがあるのに、かれらは見たことも聞いたこともないのにひとしい。一九五一年の冬、党中央は農業生産の互助・協同化にかんする決議を出しているが、それも見たことがないようである。そのご一九五三年になっても、まだまともなことを言わず、小さな施しをしたがる。まともなことを言わないとは、社会主義について語らないことであり、小さな施しをしたがるとは、「四大自由」という小さな施しをしたがることである。つまり、一部の同志は党の決議や党が長期にわたって提唱してきた一部の政策、一部の綱領にはまったく目もくれず、別に自分勝手なことをやっている。かれらは、おなじ性質の問題について、いったいこれまでにだれかが話したことがあるのか、どのように話したのかを調べようともしない。一部の歴史学者は亀の甲羅こうらや金石文、その他の出土した古文物をさえ考証しようとしているのに、これらの同志はわれわれのあまり時間の隔たっていないものにもまったく目もくれず、調べようともしない。要するに、二つの耳があっても窓外のことを聞こうとせず、勝手気ままに書き、勝手気ままにしゃべっている。たとえば、「四大自由」とかといったものをしゃべりまくっているが、その結果ときたら、壁につきあたるのがおちである。

そのほか、一部の同志はいつも分散主義を好み、独自性をふりまわし、はては独立王国をつくり、独裁にはとても味があると思っている。はじめは気楽に暮らそうとして、王国をつくり、王様になりすます。ところが、結果はどうだろう。結果はまことに気楽でなく、批判を受ける羽目になる。『大登殿』という芝居があったではないか。あの薛平貴は国王になって、とても気楽であった。当時は自己批判がなかったのである。この点はよくない。多くの人はどうしても人と相談したがらない。多くの同志は、口先では集団指導に賛成しているが、実際には個人の独裁をたいへん好んでおり、独裁をしなければ指導者らしくないかのように思っている。指導者になるにはなにも独裁が必要だとはかぎらない、そういうことを知っているだろうか。ブルジョア階級にはブルジョア民主主義があり、それは階級の独裁を重視している。プロレタリア階級、共産党も階級の独裁をやらなければならない。もしも個人の独裁をやるなら、それはよくない。問題があれば、とにかくほかの人と相談し、多数の人の知恵をあつめて、集団できめるべきである。このようにするのが比較的よい。

もう一つの状況についても、話しておく必要がある。多くの同志はいつも実務に没頭して、問題を研究しない。実務は、やる必要があるだろうか。それは、やらなければならない。実務をやらないわけにはいかないが、それをやるだけで、問題を研究しないのは危険である。幹部にも大衆にも接触せず、あるいはかれらに接触したとしても、つねに説教をするだけで、かれらと相談せず、「いったい、わたしの考えていることが正しいのかどうか、ひとつきみの意見を聞かせてほしい」と意見を交換することもしない。これでは、政治的な風邪をひき、鼻がにぶくなって、政治的な空気を嗅かげなくなる。鼻がつまると、いつ、どんな空気があるのか、それを嗅げなくなるのである。きょう、陳毅同志が言ったように、事物のきざしが現われると、すぐそれをつかめるようにならなければならない。事物がすでにどこにでも大量に存在しているのに、まだ見てとれないとすれば、それはあまりにも鈍感すぎる。こうした状況には注意をはらわなければならない。実務一点ばりで、問題の研究に意をそそがず、大衆や幹部との接触にも気をくばらす、かれらと相談する態度をとらないのはたいへんよくないことである。

五 その他のいくつかの問題

これから話すいくつかの問題は、ほとんどが同志諸君の提起したものである。

第一、協同組合における富裕中農の指導的地位を変える問題については、その段どりや方法に注意しなければならず、一陣の風を吹かせて、かれらをいちどきに引きおろしてしまうようなことをしてはいけない。富裕中農が指導者になるのは妥当ではないが、かれらは勤労者である。それぞれの状況を区別し、かれらが仕事のなかでどんな態度をとっているかを見るべきである。一部の者は、どうしても更迭しなければならない。こうした人がこれ以上やっていくことは、まったく不適当だからである。だが、そのばあいにも、大衆(たとえば協同組合の組合員)と富裕中農本人にたいし、かれがひきつづき指導者になることはたしかに妥当ではないことをわからせる必要がある。それからもう一つの条件がいる。それは、かれにとって代わる比較的りっぱな人を養成し、比較的りっぱな後継者を用意してから、はじめて更迭するということである。ある者は自己批判をおこない、誤りをただしてから、現職にとどまってもよく、人によっては補佐職か委員に格下げしてもよい。もともと仕事をりっぱにやっている者であれば、富裕中農でも更迭の限りでないこと、いうまでもない。富裕中農は富農ではなく、富農としてあつかってはならない。いちどきに全部を更迭してはならない。この問題には慎重でなければならず、手ぎわよく解決すべきである。上にのべたいくつかの方法が実行可能であるかどうか、各省各地で検討してほしい。

第二、今回、われわれが下層中農と上層中農は二つの異なった階層であると言ったのは、階級を再区分するというのではなく、事実上、協同化にたいする各階層の態度に積極と消極とのちがいがあり、おなじ階層の内部でも人によってこのようなちがいがあるからである――このことを、党支部と大衆のあいだで説明しておかなければならない。たとえば、貧農のなかにも、一時、組合に加入しない者がいる。この例をあげれば、富裕中農を説得することができる――ごらんのように、貧農、下層中農にもわりあい消極的な者がおり、加入したくなければ加入させるには及ばない、だから、富裕中農がいま参加したくなければ参加しなくてもよいのだ、と。われわれはまず熱心な人を引きいれる。それから第二部分の人に宣伝し、かれらが熱心になったら加入させる。そして、そのあとで第三部分の人に宣伝するのである。何回かにわけてやらなければならない。いずれ、すべての人が組合に加入するのだ。だから、階級の再区分などというものではない。

第三、地主、富農の組合加入問題について。県と郷を単位として(県を単位とするだけでは不十分だ。県が基本的に協同化しても、一部の郷にはまだ協同組合がないこともあるからである)、一つの県、一つの郷が基本的に協同化したなら、つまり七〇ないし八〇パーセントの農家が協同組合に加入したなら、そこのすでに強固になった協同組合は、地主、富農の態度におうじ、何回かにわけて問題の処理に取りかかってもよい――このようにしたらどうだろう。一部の者は、一貫して態度がよく、まじめで、法律をまもっており、組合員の資格をあたえてもよい。一部の者は、組合でいっしょに労働し、報酬も受けるが、組合員とはよばず、実際には組合員候補である。もしもかれらがしっかりやっていくなら、はりあいをもたせるため、組合員にきりかえてもよい。もう一部の者は、一時、組合への加入を許さず、いずれあらためて考慮することとし、個別的に解決する。これらすべての地主、富農は、組合に加入したあと、協同組合の役職につけてはならない。地主、富農の家庭でそだった青年知識分子については、よく観察したうえ、その一部の者に農村で読み書きの教員のような仕事をやらせてみたらどうだろう。一部の地方ではそれ以外の知識分子がとても少ないので、党支部や協同組合管理委員会の指導と監督のもとで、かれらに読み書きの教員の仕事をやらせる必要がうまれてくる。いま、小学校の教員のなかには、このような者が少なくない。地主、富農の家庭でそだった青年で、年の頃せいぜい十七、八歳、高等小学校か初級中学卒業というような者にも、頑がんとして読み書きの教員さえやらせない――わたしの見るところ、それには及ばないと思う。これらの者には、農民に字を教え、文盲を一掃する仕事をやらせてもよい。とにかく、そうしてもよいかどうか、諸君に検討してもらいたい。会計係などをやらせるとなると、これはかなり危険である。

第四、高級組合の条件と、それをどのくらいつくるべきかについては、きょう、わたしは触れないでおく。条件の問題はやはり諸君に検討してもらい、来年になってから討議しよう。各地は状況におうじて、実際につくってもよい。要するに、条件のととのったところではつくってもよいが、そうでないところではつくってはならない。はじめはすこしつくり、そのあと逐次ふやしていくのである。

第五、協同組合をつくる時期は、かならずしも毎年の冬と春に集中しなくてもよく、夏と秋に一部つくってもよいのではないだろうか。現に一部の地方では、実際にそのようにやっている。しかし、次の点を指摘しておかなければならない。つまり、二つの高まりのあいだには、休養と整頓の時間が必要である。一部の組合をつくったあと、かならず整頓しなければならず、そのあとでまたつくる。戦争をするのと同じで、二回の戦闘のあいだには休養と整頓が必要である。休養と整頓を必要とせず、間欠を必要とせず、息ぬきを必要としないというのは、まったく誤っている。軍隊では、かつて、休養と整頓を必要とせず、息ぬきを必要としないという意見があった。つまり、勇往邁進まいしんし、ひたすら戦闘をするというのだが、実際にはやれるものではない。人間は眠らなければならない。きょうのこの会議にしても、もし散会しないで、このままつづけていくとしたら、わたしもふくめてすべての人が反対するだろう。人間はまいにち一回大きな休息をとらなければならず、中間の小さな休息をのぞいて、まず七、八時間、少なくても五、六時間は眠らなければならない。組合づくりのような大きな仕事に休養と整頓を必要としないというような論法は、ひじょうに幼稚である。

第六、「勤倹の精神で組合を経営する」というスローガンはすばらしい。これは、下部から提起されたものである。厳格に節約を励行し、浪費に反対しなければならない。いま、都市ではさかんに浪費に反対しており、農村でも浪費に反対している。勤倹の精神で家計を切りもりすること、勤倹の精神で組合を経営すること、勤倹の精神で国家を建設すること、これを提唱する必要がある。わが国は一に勤勉、二に節約でなくてはならず、怠惰やぜいたくであってはならない。怠惰であれば衰えるから、よくない。勤倹の精神で組合を経営するには、労働生産性を高め、厳格に節約を励行し、コストをひき下げ、経済計算を実行し、派手ごのみと浪費に反対しなければならない。労働生産性を高め、コストを引き下げるのは、どの組合もやらなければならない仕事である。経済計算となると、これは一歩一歩やっていく必要がある。協同組合が大きくなると、経済計算がなくてはだめで、それを一歩一歩学びとっていかなければならない。

第七、こんどの会議でだれも国営農場の問題に触れなかったのは、欠点である。中央農村工作部と農業部で国営農場の問題を検討するよう希望する。将来、国営農場のウエートは年ごとに大きくなっていくであろう。

第八、ひきつづき大漢民族主義に反対しなければならない。大漢民族主義は一種のブルジョア思想である。漢族は人がこんなにも多いから、とかく少数民族を見さげやすく、真心をこめた援助はしていない。したがって、大漢民族主義にきびしく反対しなければならない。もちろん、少数民族のなかにも狭隘きょうあいな民族主義がうまれるだろう、それにも反対しなければならない。だが、この両者のうち、主要な、まっさきに反対しなければならないものは、大漢民族主義である。漢族の同志が正しい態度をとり、少数民族にたいしてたしかに公正に対処し、民族政策のうえでも、民族関係の立場のうえでも、ブルジョア階級の観点ではなく、完全にマルクス主義の観点に立つなら、つまり大漢民族主義さえなければ、少数民族のなかの狭隘な民族主義の観点はわりあい克服しやすいものである。いまのところ、大漢民族主義はまだまだ少なくない。一手に代行する、他人ひとの風俗習慣を尊重しない、ひとりよがりで、他人を見くだし、他人の落後ぶりを口にする、まあ、こういったたぐいである。ことしの三月、わたしは党の全国代表者会議で、中国は少数民族がいなければだめだ、とのべたことがある。中国には数十の民族がある。少数民族の居住地域は漢族のそれよりも面積が広く、そこにはざまざまな資源が大量に眠っている。われわれの国民経済は少数民族の経済がなければなりたたない。

第九、文盲一掃運動だが、一掃に取りかかったほうがよいと思う。一部の地方では文盲一掃運動を一掃してしまったが、それはよくない。協同化の過程で文盲を一掃するのであって、文盲一掃運動を一掃するのではない。文盲一掃を一掃するのではなく、文盲を一掃するのである。

第十、「左」右の偏向とはどういうことか、と聞く人がいる。われわれは、以前、事物は空間と時間のなかで運動する、とのべたことがある。ここで問題にするのは主として時間のほうである。事物の運動にたいする人びとの観察が実際の状況に合致しないばあい、時間がまだきていないのに先走った見方をするのを「左」の偏向といい、おくれた見方をするのを右の偏向という。たとえば協同化運動のばあい、もともと大衆の積極性、互助組の普遍的存在、党の指導力といった熟した条件があるのに、一部の同志はまだそれがないという。協同化運動という事物はいまの時点で(数年前ではなく、現在である)もう大いに発展させてもよいのに、かれらはまだだめだという。それが右の偏向である。もしも農民の自覚の程度、党の指導力といった条件がまだととのっていないのに、ひじょうに短い期間内に全国で八〇パーセントを協同化させるというなら、それが「左」の偏向である。中国には、「瓜が熟して、ヘタが落ちる」、「水が流れて、溝ができる」ということわざがある。われわれは具体的な条件にもとづいて事をはこぶのであり、無理押しではなく、自然にわれわれの目的を達するのである。たとえば、お産には九ヵ月かかるが、妊娠七ヵ月のときに医者がひと押しして、押し出すというのはよくない。それが「左」の偏向である。もしも九ヵ月すぎて、赤子がどうしても出たいというのに、出てこさせないとしたら、それが右の偏向である。要するに、事物は時間のなかで運動するのだ。やるときが来たらやらなければならないのに、やらせないのが右の偏向である。まだそのときが来ていないのに、無理にやろうとするのが「左」の偏向である。

第十一、「左」の偏向の誤りを犯すおそれがありはしないか、と聞く者がいる。われわれは、十分にある、と答える。郷支部、区委員会、県委員会、地区委員会、省委員会をとわず、その地方の指導部が大衆の自覚の程度、互助組の発展の状況に気をくばらず、計画も立てなければ、統制もせず、また何回かにわけてやるのでもなく、もっぱら数量を追求し、質に関心をもたないなら、かならず重大な「左」の偏向の誤りが現われるであろう。大衆の意欲がもりあがって、みんなが協同組合への加入を希望するときには、さまざまな困難と、現われるかもしれないあらゆる不利な状況を予想して、それを大衆に公然と説明し、大衆にじゅうぶん考慮させなければならない。それでもたじろがないようなら、やってもよいが、もしもたじろぐようなら、やってはならない。もちろん、人びとに肝をつぶさせてもいけない。きょう、わたしは諸君に肝をつぶさせることはあるまいと見ている。なぜなら、われわれはすでにこんなにも多くの時日をかけて会議を開いたからである。適当な時機に人びとの頭を冷やし、あまりのぼせあがらないようにさせるのは、必要なことである。

われわれは果てしない心配に反対し、数えきれないご法度はっとに反対しているが、それならまったく心配しなくてもよいのか、一ヵ条のご法度もいらないのか。もちろん、そうではない。必要な心配、しかるべき心配、そういう心配をしない人などいるだろうか。また、必要なご法度もなくてはならない。ご法度がまったくなかったら、どうしてやっていけるだろうか。必要な心配、必要なご法度、そして必要な停頓、間欠、歯止め、塞せき止めは、まったくなくてはならないものである。

ここに一つの方法がある。ある人がうぬぼれ出したとたん、つまり、鼻を高くしたとたん、かれに新しい任務をあたえ(たとえば、いま質をくらべることを提起したので、来年は質をくらべあう、そうなると量の問題は第二義的なものになる)、時間がなくて、うぬぼれてなどいられないようにするのである。この方法は、以前にやってみたことがある。軍隊で勝ちいくさをしたあと、一部の同志がまわりの人たちに得々と手柄話をして、鼻を高くすると、その人につぎの戦闘の新しい任務をあたえる。新しい任務をあたえると、かれはすぐ問題を考えなければならず、準備に取りかからなければならない。高くなった鼻がへこみ、うぬぼれる暇がなくなるのである。

第十二、ある同志は、県段階に一〇パーセントの機動的な権限をもたせたらどうか、と提案している。たとえば協同組合をつくるとき、一○パーセント少なくてもよいし、一〇パーセント多くてもよい、というのである。この提案は、採用してもよいと思う。この提案はいい。あまり杓子定規になってはいけない。諸君にもういちど考えてもらいたい。

第十三、決定をくつがえす者が出てくるだろうか。決定をくつがえそうとする者は少なくはない。かれらの見るところ、協同組合は見込みがなく、われわれの手がけたものはいずれ全部くつがえさなければならない。かれらに言わせると、われわれはマルクス主義などではなく、日和見主義だというわけである。だが、わたしから見れば、大勢のおもむくところ、この決定はくつがえされるものではない。

第十四、将来の趨勢すうせいはどうか、と聞く人がいる。およそ三つの五ヵ年計画の期間内に、社会主義的工業化と農業、手工業、資本主義工商業の社会主義的改造を基本的になしとげる、これが趨勢である。わたしから見れば、まあこういうところである。だが、次の点をつけくわえてもよい。前回の党の代表者会議でものべておいたが、およそ五十年から七十五年の期間内、つまり、十ないし十五の五ヵ年計画の期間内に、強大な社会主義国がきずきあげられるであろう、ということがそれである。

五十年から七十五年の期間内に、国の内外と党内にはかならず重大で複雑な多くの衝突と闘争がおこり、われわれはかならず数多くの困難にぶつかるだろう。われわれの経験によれば、われわれの代には、武力衝突や平和な衝突、流血の衝突や非流血の衝突がどれだけあったことか。今後はないといえるだろうか。きっとある。それも少なくはなく、多いだろう。このなかには、世界大戦がおこること、われわれの頭上に原子爆弾が落とされること、ベリヤが現われたり、高崗が現われたり、張国燾、陳独秀が現われたりすることがふくまれる。いまは多くのことを予測しようがない。だが、われわれマルクス主義者から見れば、すべての困難は克服でき、強大な社会主義中国がきっと出現するということ、これは断定できる。きっとそうなるだろうか。きっとそうなると思う。マルクス主義によれば、それはまちがいないのである。かのブルジョア階級はすでに自分のために墓掘り人を用意しており、その墓もすでに掘りあげてある。どうして死なないはずがあろう。趨勢については、かなり大ざっぱにいうと、まあこういうところである。

第十五、諸君は決議と規約とのこの二つの文書について多くの修正意見を出したが、たいへんけっこうなことである。これらの意見をあつめて考えてみることにしよう。きょう採択したあと、決議は数日のうちに政治局が筆をいれ、公表することになろう。規約はもうすこし時間がかかる。民主人士と相談しなければならず、立法の手続もとらなければならない。あるいは兵役法と同様、まず人民代表大会常務委員会で討議してから、国務院にまわしで公表し、意見をもとめ、各地で一定期間、試験的に施行したあと、来年になってから、人民代表大会にまわして採択させるようになるかもしれない。

最後に、文章の書き方に注意してほしいという問題について、ついでにちょっとのべておく。わたしは在席の諸君に、「国語の先生」になってもらいたいと思う。諸君の文章はなかなかいい出来ばえだが、いくらか欠点もあるようだ。諸君は、ほかの人を助けて、文章の作風を改めることに意をそそがなければならない。いま、多くの同志の文章には全編これ空論というものもあるが、それはわりあい少ない。おもな欠点は古文が多いことで、文語と口語半々という傾向がとてもつよい。文章を書くときは、論理を重視しなければならない。つまり、文章ぜんたい、演説ぜんたいの構造に注意し、書き出しと中間と結びのあいだに一定の関係、内部のつながりがなければならず、ちぐはぐなところがあってはならない。また、文法も重視しなければならない。多くの同志は、はぶくべきでない主語や客語をはぶき、あるいは副詞を動詞としてつかい、はては動詞まで省略してしまう、こういうのはいずれも文法にあっていない。さらに修辞にも気をくばり、もっと生きいきとした文章を書くよう工夫しなければならない。要するに、一つは論理が通っていること、一つは文法に合っていること、もう一つは修辞が比較的よいこと、文章を書くときにはこの三点に注意してほしい。

注

〔1〕 レーニンの『食糧税について』を参照。

〔2〕 毛沢東同志が農業協同化についての各地の報告に目を通し、『農業生産協同組合をいかに運営するか』という本を編集したことをさす。本巻の「『中国農村における社会主義の高まり』のはしがき」を参照。

〔3〕 レーニンの『食糧税について』を参照。

訳注

① 中国の古典小説『水滸伝』によると、王倫(あだなは白衣秀土)は、梁山泊を占拠して、農民蜂起軍の首領となった人物。自己の地位をたもとうとした王倫は、まず、追いつめられてやむなく造反した禁衛軍の軍事教官林冲が梁山に身を投じてきたとき、これに難くせをつけて、うけいれることを拒絶した。その後、農民蜂起軍の指導者晁蓋らが梁山泊に集まって蜂起しようとしたときにも、それを拒絶した。そのため、王倫は林冲に殺されてしまった。

著者
毛沢東
原著
一九五五年十月十一日(1955年)
底本
『毛沢東選集』第五巻、外文出版社(北京)、1977年。電子化テキスト: http://maoist.web.fc2.com/mao/maosen/5/maosen-5-text.lzh
掲載根拠
保護期間中(未公開)
備考
著者没年 1976。中国は死後50年(2027-01-01 満了)、日本は死後70年(2047-01-01 満了)。外文出版社の日本語訳は法人著作として別に保護される

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